(ぬるい性描写)








思えばこの友人の部屋に足を踏み入れたことなど、数えるほどしかなかったかもしれない。しかも記憶に鮮明なのは久方ぶりに職場で再会してからのことばかりであったから、幼少時代この狭くて小汚い品性のかけらも感じられない拷問部屋めいた場所で何をして遊んでいたのかなど、今となっては覚えていなかった。それでも当時はただ何をするにも楽しかったし、こんな部屋でも自分たちはあれこれと趣向を移しながら笑っていたのだろう。少なくとも今のようなこんな、笑い声どころか会話さえろくになく互いの粗い息遣いと時折り振ってくる下卑た言葉と、そして喘ぎとはほど遠い呻き声を響かせるだけの遊びは、我々の中には存在しなかった。
彼の趣味から鑑みればこの部屋はそういった主旨にこと似つかわしいのだろうけれども、生憎こちらにはそんな趣味はなかったし、彼が男にこういった行為を強いるというのがただ意外だったので乗ってやっただけのことだ。しかしこんな空気のまま交わることになるとは予想外であったので、些か訝るうちに折り返しを越えてしまったようだった。今さら止めろとは言えない。揺さぶられる視界のあちらこちらで、女をいたぶる他に用を成さない器具が鈍く光を放っている。これまで人間界から女を浚っては色欲のままに口端を吊り上げて笑うアザゼルを幾度も冷めた目で眺めたことがあったが、そのアザゼルが自分を組み敷いて内側を荒くかき乱しつつ、嘲笑すらなくいっそ真摯にこちらを見下ろしてくるのは少し愉快な気さえする。やたらめっぽう内臓を抉られる感覚というのは吐き気をもよおすだけの暴力と大差はないのに、それでも反応出来るのだから雄というのは上手いこと出来ている。熱い息を逃がすのと同時に意図せず声が漏れだし、それに目を細めたアザゼルが緩く頭を振ると頬に彼の汗がぽたぽたと落ちてきた。ずちゅりと嫌な水音がする。掴まれた両腕にアザゼルの爪が食い込んでいる。常ならば半殺しでも飽き足らない屈辱だが、あまりに眼前の顔が可笑しく感じられて腹の虫も息を潜めている。繋がっている部位はもしかしたら切れているのかもしれないが、このところ職場で散々痛めつけられているために痛覚には寛容になってしまっているようだった。それでも痛いものは痛いので、目尻から知らないうちに涙は流れていたらしい。それに気がついたのは、アザゼルがやらたと赤く禍々しい舌を差し伸ばして米神のあたりを舐めてきたからだ。涙はおろかどちらの汗なのかさえ分からない湿っぽさに相手の唾液が加えられ、ぬめる感覚に眉間を寄せる。「もっと泣けや、」ここで初めてまともに彼らしく笑ったアザゼルが、こちらの涙を嚥下しながら律動を激しくするという二律背反を行った。奥歯を噛みしめても手遅れ感には逆らえず、せめてもの罵りを吐きながら喉を逸らすとそれさえ許さないとばかりに頭を押さえつけられて、なおも塩水を吸いとられた。

「ナミダ、返してもらわんと、なァっ」
「……なんっの、はなし、ァッ」

おぼろになりつつある意識の中で疑問符が浮かんだが、息継ぎが上手くできずに声は霧散する。これがせめてもの愛撫だというのなら、とんだお笑い草だ。腐ってもあらゆるものが欠落した悪魔なのだから、らしいと言ってしまえばそれまでだが。馬鹿のひとつ覚えみたいに涙ばかり舐めて笑うアザゼルは、相も変わらず痛みによる生理的な落涙をうながしながらより深くに彼自身を埋め込んで、死んでも教えてやらんと呟くと、ついにその長い犬歯でもって肩にまで噛みついてきた。反射的に背中に爪を立てる。こういう趣味はねえんだよクソが、悪態をつく余裕もないことが悔やまれる。どこか拗ねたような響きがやはり彼らしくなくて可笑しかったが、その真意はまるで分からないままに意識を手放す羽目になると思えばひどく滑稽だった。霞がかった視界で友人が何か珍しい呼び方で名前を囁いた気がしたものの、呼び返してやるのも億劫で、ただ爪に込める力を強くした。それにさえどこか愉悦をはらんだ風にアザゼルは笑うと、自身でつけた肩の噛み痕を舐めてまた有無を言わさず嗚咽をもたらす。ちかちかとしたまぶたの裏の光としびれるような感覚のほかにはもう、何も分からなかった。




/その味は等価だったか