ミナキの左小指には、プラスチックでできた子供騙しの指輪が大抵いつでも嵌っている。手袋で隠されているために気づく者はいなかったし、手袋を外すときはそっと指輪も外すから、やはりどうあっても気づかれることはないのだったが、本当は手袋の下でいつでも大人しくぴったりと小指に嵌っているのだ。 アクアマリンのような水色をした小さなガラス玉が今にもぽろりと取れてしまいそうな危うさでくっついているそれを、今ミナキは指に嵌めたまま面白そうに眺めている。こうして指から外さずにいられる場所というのは、ごくごく限られている。自宅か、ここくらいのものだ。すなわちマツバの家である。オーダーメイドでスーツを作ってしまうような男がこんなチープなおもちゃじみた指輪を嵌めているなんて、それを自らで考えるだけで可笑しくなって小さく噴き出すと、うわあ、とうんざりしたような声が降ってきた。視線を上向ければ、家主がかすかに目元を引きつらせてミナキを見下ろしながら横を通るところであった。すなわちマツバである。そのまま渋い顔をして卓袱台の向かいに腰を下ろし、じっとミナキを見つめてマツバは頬杖をついた。垂れがちな両目をじとりとさせながら、しかしその耳は幾分か赤くなっている。洗濯機は回し終わったのか、ミナキがようでもないことを訊いてきたので適当に相槌を打って、マツバは視線の先で安っぽい光を放っている指輪に手を伸ばした。ミナキの素手を捉え、それから指ごと指輪を撫でる。重みを感じさせないプラスチックの感触に居た堪れない気分になってミナキくん、と咎めを含んだ声で呼ぶと、ばれてしまったなと笑ってミナキはするりとマツバの手から左手を逃がした。 『これ、ミナキ君に似合うと思うんだ』 祭りかなにかの縁日で買ったのだったか、よくある子供向けの無駄にきらきらとしたアクセサリーの中からその指輪を選んだのは、ひとえにガラス玉の色がミナキの瞳の色に似ていたからだった。だからってそれを本人にあげなくてもよかっただろうに、幼い日の自分は純粋で無邪気で間抜けだったのだなあと今さらながらに考える。あの頃はもちろんただの友達、いやまだ知り合い程度だっただろうか。大人同士が知り合いで、それにくっついて顔を合わせていた程度だったかもしれない。それなので余計に自分のしたことが大胆であったように思えて、マツバは顔を卓袱台に突っ伏した。あの時、ミナキがただ嬉しそうに笑って受け取ってくれたことに満足してしまって、それきり指輪の存在はずっと記憶の片隅に仕舞われているだけだった。あげたことすら忘れていることもあったし、思い出しても阿呆だったなあと思う程度だった。相手がミナキ君でよかった、とそのたびに苦笑したものだ。きっとさほど気に止めてはいなかっただろうと、勝手に思っていたのだ。 「……ずっと嵌めてたのかい」 「ん?ああ、手袋をしている間はな」 「なんで」 「なんでって、君に貰ったから――もしかして嫌だったか?」 「……嫌じゃないけど」 居眠りをする時のようなポーズで卓袱台に顔をくっつけているマツバに可笑しそうな眼差しを向けると、ミナキはふふっと笑って指輪に目を戻した。あの頃は確か中指に嵌っていたように思うが、だんだんと大人になって今では小指でも少しきつい。確かにどうしてこんなものをいつまでも嵌めているのかと自分が馬鹿らしくなることもあるのだが、マツバがくれたのだからと思うと外す気にならなかったのだ。当時の、まだ何もかもを見透かすような底知れなさがなかった頃のマツバ、あの子がそれは嬉しそうに笑ったのを今でも覚えているから、外すのは悪いような気がしているのかもしれない。あの頃のマツバは可愛かったなあ、そうからかい混じりにミナキが言えば、ますます仏頂面を作ってマツバはうーとかあーとか意味のない声を出し、蘇った思い出を押しこむためにしばらく黙ってしまった。 |