お届け物を預かっていたのよ、と言って孤児院の管理人である初老のシスターが手渡してくれた茶色の包み紙にくるまれた小さな箱を受け取ると、ピップは丁寧にお辞儀をしてからエントランスを後にした。小ささのわりには重みのあるそれをちらちらと見ては、わずかにほほ笑んでしまう。自分に荷物が送られてくるなんてことはほんとうに、ほんとうに滅多にないことであったので。
 すぐに自分の部屋へ行ってしまってもよかったが、下校時刻になるとまっすぐ帰るピップにとって、これから夕食までの時間を自室で過ごすには少々長すぎた。廊下の窓ごしに外を見やるとまだ太陽は赤みがかってすらおらず、空は青く澄んで気持ちの良い天気だった。ピップは廊下を進む足を止めると、中庭へ通じる細い通路へと折れて小走りに駆けた。視線の先には新緑をまぶしく輝かせた芝生が広がっている。テラコッタのタイルが転々と敷かれており、濃い色味の木造のベンチがつつましやかに置かれているこの中庭は、ピップがこの孤児院に来てからずっと一番のお気に入りの場所だった。
「今年は何を送ってくださったのでしょう」
 期待を込めたひとりごとを言いながらベンチに腰を下ろし、箱にかけられた白いリボンを丁寧に外していると、不意にふっとピップの視界に影が落ちた。おや、と不思議に思って顔を上げる。するとそこには、逆光を受けた黒いシルエットがちょうどピップの影から生えてきたかのように気配もなく佇んでいた。
「ダミアンくん!」
 驚いて跳ねるように立ち上がったピップの勢いにやや面食らうそぶりで、ダミアンは一歩後ろへ下がった。相変わらず何かに憤慨しているようなしかめ面をしているものの、口元はずいぶんと穏やかなかたちをしているとピップは思った。
「どうしたのですか、何かご用事で?」
「貴様、今日が何の日か分かっておらぬのか」
「今日ですか、ええとその今日は」
 言いかけて、もごもごと口をすぼめてしまう。俯いたつむじのあたりににイラついた視線が注がれるのを感じる。
「今日はぼくの……誕生日です」
「そうであろう」
 ふん、と鼻で息をついてからダミアンはなにか満足げに笑った。そういえば前に誕生日を教えたような気がする、と思い出してピップは顔を上げた。腕組みをしていたダミアンは視線が交わったのを合図にピップの顔から目を外し、手に持っている小箱へと興味を移したらしい。「もしかして僕の誕生日だから来てくださったのですか」と信じられない心地で尋ねてみたけれども、じっと小箱を見つめるダミアンには聞こえていないようだった。
「それは何だ」
「えっ、これですか。これはエス……僕のお友達が送ってくださったプレゼントです。毎年かならず誕生日プレゼントをくださるんですよ、ふふ」
「…………しばし貸せ」
「ダミアンくん? な、何をするんですか?」
 ひょいと小箱を取り上げると、ダミアンの手の上でそれはふわりと浮かび上がってくるくると回りだした。ピップはいやな予感がして手を伸ばしたが、時すでに遅く小箱は空高く舞い上がり、やがてパァン!と軽快な音と共にふたりの上空で鮮やかな花火が輝いた。青空にあがる花火は得てして味気ないものだが、それはどういう仕組みなのか七色の光がきらきらと瞬いてまるで虹の粉を散りばめたように美しく、焦っていたピップもしばし口を開けたままその光景に見とれてしまった。
「……ああっ! なんてことでしょう、まだ中身を見ていないのに!」
「案ずるな。そのうち戻ってくる」
 貴様もそうであったろうが、と一瞥をくれるとダミアンは人差し指をすいと空へ向け、何かを描くように動かした。見上げると確かに遥か上のほうから、あの箱がゆっくりと落ちてくるのが見える。
「……我は手ぶらで来たのだ。貴様が手ぶらでいいと言ったのでな」
「! ええ、そういえばそうでした。もしダミアンくんが来てくださるならそれだけで嬉しいと……覚えていてくださったのですね」
 困り顔のままふにゃりとした笑顔を浮かべるピップの顔をつと見つめて、ダミアンは少し所在なさげに眉を下げた。そうしてハッピーバースデイ、と呟いた時にはもう顔を背けていたけれども、尖った耳が赤く染まっているのをピップは確かに見た。花火にした衝撃で飛散してしまったらしい包み紙が、芝生の庭に紙吹雪のようにひらひらといつまでも降りそそいでいた。