(恐ろしいともおぞましいとも、思ったことなど一度とてなかった。あの隻眼の白さにざらついた声にひたすら安息を覚えていたけれど、幾重かの布の奥から現れる赤々とした舌でさえもひどく茫洋としたぬかるみに引き込んでくれるような心地がしていたのだ。触れられることに肌が粟立った覚えなんてどこにもなかったのだ。)

 古参の忍びどもが哀れだなんだと言っては目を細めて頭巾をぴくりとも動かさないまま囁き合っている、我らが頭ではなく他でもない私に向けられたそれらを浅薄極まりないと叩き落してしまいたい衝動に駆られたが、次第に渦巻いてゆくのは彼らへの怒りではなかった。端々を尖らせた言葉の波にあおられながら、だんだんと胸から鼻にかけて息苦しさが襲うのを感じる。つんとした感覚にのぼせてしまうのではないかと思うくらいだったが、踏みしめた足の指に力を入れれば視界ははっきりとしていた。喉の奥がいくらかひりついている。

(貴方達はあの布の下がどんな色を湛えているのか知っているのか、その潤いのない肌をどのように皺だらけにしながら笑うかを知っているのか。)

どこまでも人である。人であるのだ。







「……くみがしら」
「何、どうしたのお前」
「抱いてください」
 痛む心中が思いのほか声を震えさせていた。瞳を決して見開かないままにこちらを見下ろす彼の気分というのは恐らく、帰ってきた犬か何かが怪我をしていた時のそれに近いはずだと頭ばかりひんやりと思考を続けていたが、相変わらずうまく呼吸はできないままだった。抱いてください私は、私は。それより後が続かない己にたっぷりとした沈黙を与える組頭の、首元の包帯の色ばかりが目に付いた。あの下の肌の温度だって私は知っているのに、どうしてかこんなにも不安になる。(ああ、そうだ不安なのだ)
「ほうら、抱いた」
「う、ええ?」
「時々やや子のようになるのは、まだ治らないねえ」
 骨ばった手が首の後ろに回るのと、消毒液の匂いが鼻を掠めたのはほぼ同時だった。次の瞬間にはもう体中が組頭を取り巻く空気で満たされるのだ。布越しでも体表の温度が高い彼の熱はじりじりと浸透してきて、自覚したばかりの憂患はそこから灰になっていくかのように影を潜め始めている。「いえこういうことでは、」ないのですがと告げようにも、鼻の奥と喉がくっついているようで上手くいかない。本当に幼子をあやしているのと似た仕草で頭を撫でているばかりの現状を思うと下手に行為に及ぶよりもよっぽど恥ずかしいのだが、相手が組頭ではそんな臆面など価値があるはずもない。私の心情など見通しているのだろう、その上でこれなのだ。

「泣くなよ、なあ尊奈門」

 潜め事のような擦れた声がどこまでも優しいと、知っているのは私だけでいい。