奥州にも等しく夏は訪れるもので、それについて客人はひどく淡白な様子でつまらないと述べた。前触れも無く現れた奴に何をしに来たのかと問うまでもなく、暇つぶしあるいは避暑といったところであろうと早いうちから見当は付けていたため最低限の持て成しのみをしてあとは適当に自由にさせておくことにしたものの、こいつは普通ではないからとこうして連れ立って城近くの竹林を歩いていれば、これだ。何言ってやがる尾張に比べりゃ涼しいだろ、苛立ちのたぐいではなく呆れと共に返してやれば眉を限りなく直線に近い形に留めたまま、それはそうですがねと肩を竦める。
 しゅわしゅわと蝉が引っ切り無しに鳴き続けている、その音の飽和はまるで己をどこか見知らぬ空間へ放り込んでしまったかのように思わせた。こんなに間近で蝉が鳴いているというのはそうよくあることではない。あちらにしてもそれは同じだろうが、奴がこんな鳴き声ごときに違和感を覚えるわけもなかろうと勝手に思い至って目を細める。竹林に佇む男はただ白い影のように見えた。この時期になるとどこもかしこも盛り上がる、怪談なんかに出てくるそれとなんら変わりのないもののようだと思った。怨念に満ち満ちたものであるというのに白いというのが昔から奇妙でならなかったけれども、案外とそのほうが不気味なのだと今では理解している。何を内包しているのかまるで分からない、つまりは得体の知れないものへの恐怖というやつは際限なく人間の中で膨らむ。
「ところで先ほど、」
「あ?」
「隣にいたのはどなたですか」
 反芻を重ねて耳鳴りのようになった蝉の声、だと思ったのは風に揺らされた竹の葉が鳴らす音だった。白糸のような長髪が視界の中でわずかに風を受けている。その空気の流れを頬で感じながら、一筋嫌な汗がこめかみから伝うのを待つ。何言ってるんだここには俺とお前しか居なかっただろうが、と言い捨てることを喉元のつかえが堰き止めていた。外側ではなく内側から締め付けられるような、あの独特の感覚だ。
「……No kidding,」
 風がやんでも音に充ち溢れた世界はそこにあるばかりだった。浮遊しているかのようなおぼつかない気分のまま呟いて、一体それが目の前の男に向けられたものなのかは自分にも分からない。俺はずっとどこかで諦めていた、故に恐れではないが、信じ難いことに変わりはなかった。偽物じみた笑みも狂気めいた形相もなく、さして興味も抱いていない様子でこちらを見遣るさまが今はひたすらに落ち着かない。どうしました、とやや語尾を上げて問いかけてきた声にはたと止まっていた呼吸を再開してみれば、途端に足裏は感覚を取り戻したらしい。知らぬ間に力を込めていた眉間にゆるりと目を向けてから、ああ、と何かを知り得たように明智は首を傾げた。
「これだから、夏は」
笑っていましたよと、やはりつまらなそうに奴は言った。