のろのろと回り続けるパラボラアンテナはその広くつるりとした表面で一体どこへ何を送り、それから受け取っているのか、考えてみたところでおよそ答えは出なかった。トバリの夜は娯楽施設や民家のために比較的明るいが、それでも見上げれば人工の光に潰されることなく満天の星が瞬いているのがいつでもよく見えた。隕石によって発展を遂げたこの街の住民には、どれだけ文明が発達してもその領分をきちんと弁えようとするきらいがある。自然を侵すことなく、行き過ぎることなく生きていくのが上手い人々だ。そんなトバリに立ち並ぶ無機質な質感の施設は一見異様に見えたが、しかしこれまでもこれからもそれを咎める人間はいないだろう。ギンガの名はその悪名を轟かせる前に握り潰され、残ったのは無力な団員もとい名ばかりの社員と、お飾りの社会事業だけだった。本当に、何も置いていってはくれなかったな。今さらだと思いながらとりわけ感慨もなくそう呟いてみれば、夜の静寂に浮かびあがったきり己の声が消えずに苛々とした。
「それ、癖なんですか?」
いつの間にそこに立っていたのか、赤い帽子と白いマフラーのこどもが階段を上り切ってすぐのあたりに佇んでいた。猫のように釣り上がった相貌をわずかに見開く。お前は、と口を開いたところで投げかけられた問いを反芻して眉を顰めると、「その、後ろで手を組むやつ」と少年コウキはサターンと同じポーズをしてからいたずらめいた笑みを浮かべた。歯噛みをして手をほどく。何も答えなかったが、確かにこれは本人も気が行かないほど慣れた癖のようなものだった。思えばギンガ団に入り幹部になってからだったろうか、威厳を示すにはなかなか役に立つ立ち姿だったのかもしれない。

いつかのような緊張感も警戒も伴わずに近くまで歩み寄ったこどもは、こんばんはと順番を履き違えた挨拶をしてから今しがたサターンがしていたように夜空を見上げた。大人よりこどものほうが見上げる角度は大きい。後ろに反るようにして星々を視界に映すコウキの姿はまるきり無邪気なガキとしか思えないなと溜息をつきながら、それでも我々はこの子に負けたのだと瞼を下げてサターンも同じように空を見た。宇宙エネルギーなどと未だに謳ってはいるが、実のところ宇宙というものをまともに意識したことはない。任務はすべてボスに与えられてこなしていたし、科学的な知識もさほど必要とはされなかった。あのマーズがいい例だ。むしろ今こそ宇宙について学ばなければならないような気もするのだが、生憎とあの人が残した書物に手をつけようとは思えない、とそこまで思案して、サターンは思わず噴き出した。ああちゃんと置いていったものはあったじゃないか、ただ、私には必要のないものだっただけのことだ。
「どうしたんですか?」
「……いや、それよりお前こそどうしたんだ」
「えーと、サターンさん元気かなと思って」
「余計な世話だな」
ふにゃりと手ごたえのない様子で笑うコウキの顔を見るのは、まだ数えるばかりのことだった。そこにどういった感情が含まれているのかサターンには図りかねたが、少なくともあの赤い鎖を巡って戦ったときからもう、少しずつ関係性は変化していたのかもしれない。
「そういえば、マーズさんのこと聞きましたか」
「マーズ?」
「普通の女の子に戻るって」
「……あいつらしい」
「それからジュピターさんも」
「あれはもう、そういう年じゃないだろう……」
その返答に少しばかりおかしそうに笑ったコウキは、しばらくして夜空から目線をサターンに映して、笑顔のまま幾許か気まずそうに双眸を揺らした。あなたはまだここに残るんですか。ああ、暫くはな。短いやりとりはすぐに終わり、それ以上の展開は見せない。もう以前にもしたことのある問答だったし、コウキも答えは承知の上で尋ねたのだろう。そうですかと小さく頷いて、自らを納得させるために笑ったようだった。
「……せっかく来たんだ、中に入るといい」
「えっ、いいんですか」
「それからお前も考えろ、どうやったら世の中のためになる新しいエネルギーを作り出せるか」
「えええっ、そんなの知りませんよお」
早々にきびすを返した後頭部にぶつかる弱ったような声に気づかないふりをして、サターンは後ろ手を組みながらトバリビルの無駄に煌々とした明かりの中へと戻ってゆく。サターンさん、と呼びながら追いかけてくるこどもの足音に眉根をほどきながら、自分の中にマーブル状に渦巻くいくつかの感情について考えてみたが、結局それがどういう分類をなされるのかは分からなかった。こういう曖昧さがひどく煩わしかった頃もあったのに、今ではそういうこともほとんどない。こころはこころのまま、そこにあればそれでよい。名伏し難いものばかり詰まっているこの世界で生きていくこと、それがサターンの選んだ道だった。





/僕はここに残ります










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