だってそんなの不公平だ、とオーバは呟いた。 視線はテレビに向けられているが、騒がしいバラエティは半分も頭に入ってはいない。膝でもぞりと動いた温かい気配に顔を下げそうになるものの、わざと視界に入らないようにテレビにできるだけ意識を集めた。いわゆる膝枕というやつをしているので、無闇に動くことができない、ような気がしている。膝というか太股にはデンジの頭が乗っており、右腕にはデンジの腕が結構しっかりと絡まっている。少しでも動くと力を籠められる。そのたびにどうしても意識が持っていかれるので、オーバは本来リラックスするべきこの状況でやけに体を強張らせているのだった。 「なにが不公平なんだよ」 ポロシャツの裾が引っ張られる。寝ていると思っていたので不意を突かれ息を飲んでしまい、情けなさに顔を熱くしながらオーバはじわじわと下を向いた。青い双眸がじっとこちらを見上げている。無意味な澄みぐあいにはいつもむず痒さと男ならではのやっかみが湧いてくるが、直接言うのはもうやめた。お前テレビ見ないのかよ、とはデンジの頭が膝に乗った時点でとっくに訊いてしまったから、なにを言ったらいいか分からなくてただ金髪をぐしゃっと撫でてやる。髪を撫でてやるとデンジは少しだけ表情を和らげる、そのことをいつからかオーバは体で覚えていた。人間だってポケモンと大して変わらない。 「明日も、飯作りに来いってさっき言っただろ」 「ああ」 「んで俺はそのつもりでいたわけ」 「うん」 「けどさ、それって俺ばっかり」 お前のことが好きみたいじゃねえか。 次第に小さくなりながらぼそぼそと言ったオーバに、デンジは目を細めた。髪を撫でる手が遠のきそうになったので手を重ねて緩く押さえつけるその動きは、条件反射のように機敏だった。もっと撫でろという意志表示だ。赤い顔でうろうろと視線を動かしてはいたがそれはしっかり通じてしまうオーバであるので、眉をひそめるという癖をしっかりなぞってから、またデンジの髪を撫で始めた。押さえつける力が強いため、指しか動かせずに妙に優しい手つきになって掌に汗が滲んだ。 「じゃあ、俺のために飯を作ってくれって言えばいいのか?」 「……いやそれはな、はずい」 「めんどくさいなお前」 ぐぐっ、とアンバランスな体勢のまま腕を伸ばしたデンジが、オーバのネックバンドを掴んで引いた。ぐえ、何かを潰したような声が出て、それからなにすんだと言おうとして、しかしオーバは勢いのままに背を丸めさせられた。デンジの顔が近くなる。うまく息が出来ないのは姿勢のせいだ、と思うことにする。デンジはしばらくじいっとオーバの灰色の瞳を見つめて、軽く息をつくと鼻先に口づけた。歯をちょっとばかり立てたといったほうが良い。流石にきつい体勢だったのだろう。妙に真剣じみていてこれはこれで困る、とオーバが固まっていると、にゅっとデンジの片手が伸びてきて不意に双眸を覆うようにしてきたので、今度は文句を言う隙もなく振り切って背筋を反らし、デンジから逃げた。 「っんだよ」「お前にも睫毛はあるんだな」 「はあ?!」 「昔からあったか?初めて見たような気がするんだが」 「バカだろ……デンジのバカ! もう知らない!」 やや声色を変えて叫んだが、言っていて気持ちが悪くなったのですぐに真顔に戻った。デンジは物真似に乗ってくれる気配すらなく、欠伸をすると膝の上で頭をもぞもぞと動かしながら再び寝心地の良いポジションを探しにかかった。ブースターなら眠くて全身ふわふわしているだろう。 「なら俺と、一緒に飯を作ってくれ」 「え、」 「でどうだ?」 無必要に澄んだ目には間抜け面が写っていた。どやあ、と音がしそうな笑みを浮かべたデンジに二三度唸り声を出してから、オーバは半端にのけぞったまま顎だけを引いて頷いた。ぽんぽん、と膝頭を叩くように撫でたかと思うと、折角良さそうな位置を見つけた様子だったくせにデンジは何故か顔を背けるように寝返りをうって膝からカーペットへぼすっと間抜けな音を立てながら降りていった。そうしてのそのそと起きあがったデンジは、背中を向けた状態でくるりと顔だけをオーバへと回し、なにか子供を見るような目をして笑った。 |