オーバは激怒した。必ず、かの傍若無人のジムリーダーを改心させなければならぬと決意した。オーバには哲学がわからぬ。オーバは、シンオウの四天王である。バトルをし、雪山で修業をして暮して来た。けれども燃え尽き症候群に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明オーバはシンオウリーグを出発し、滝越え海越え、此ナギサの街にやって来た。オーバには弟がひとり居た。この弟は、立派なトレジャーハンターになるために、近々、ハードマウンテンへと旅立つ事になっていた。出発も間近なのである。オーバは、それゆえ、冒険の衣裳やらアイテムやらを買いに、はるばる街にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから街のメインストリートをぶらぶら歩いた。オーバには竹馬の友があった。デンジである。今は此のナギサの街で、ジムリーダーをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにオーバは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。おまけに街灯も、フレンドリーショップの明かりさえ点いていない。のんきなオーバも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆がポケモンを連れ歩いて、まちは賑やかであった筈はずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。オーバは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「ジムリーダーは、街の電気を使います。」
「なぜ使うのだ。」
「皆が今のナギサジムに退屈している、というのですが、誰もそんな、改造願望を持っては居りませぬ。」
「たくさんの電気を使ったのか。」
「はい、はじめはシール市場の電気を。それから、御自身の家の電気を。それから、海の家を。それから、ナギサタワーの電気を。それから、民家を。それから、街中の電気を。」
「おどろいた。ジムリーダーは乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。やる気を、出す事が出来ぬ、というのです。このごろは、カフェのマスターにも心を、開かなくなり、灯台に引きこもり、ジムに挑戦してくる者には、ジムバッジをプレゼントするよう機械に命じて居ります。御命令を拒みナギサタワーへ抗議しに行けばライチュウが待ち構えていて、追い返されます。きょうは、六人追い返されました。」
 聞いて、オーバは激怒した。「呆れた奴だ。生かして置けぬ。」
 オーバは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそナギサタワーにはいって行った。たちまち彼は、待ち構えていたライチュウに捕縛された。じゃれつかれて静電気でアフロがバチバチした。調べられて、オーバのポケットからはペンチとドライバーが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。オーバは、デンジの前に引き出された。
「このドライバーで何をするつもりであったか。言え」暴君デンジは静かに、けれども威厳を以もって問いつめた。そのデンジの顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「ナギサを暴君の手から救うのだ。」とオーバは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」ジムリーダーは、憫笑した。
「仕方の無いやつだ。おまえには、オレの孤独がわからぬ。」
「言うな!」とオーバは、いきり立って反駁した。
「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。おまえは、オレとの友情をさえ疑ってやがる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、オレに教えてくれたのは、おまえだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟つぶやき、ほっと溜息ためいきをついた。「オレだって、情熱を望んでいるのだが。」
「なんの為の情熱だ。自分の退屈を紛らわす為か。」こんどはオーバが嘲笑した。「罪の無い人から電気を奪って、何が情熱だ。」
「だまれよ、アフロ四天王さん。」デンジは、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな優しげな事でも言える。オレには、人の腹綿の奥底が見え透いてならない。おまえだって、いまに、自転車で一日中発電する羽目になってから、泣いて詫たって聞かぬぞ。」
「ああ、ジムリーダーさんは悧巧だ。自惚ているがよい。オレは、ちゃんとブイブイ言わせる覚悟で居るのに。筋肉痛を恐れなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、オーバは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、オレに情をかけたいつもりなら、自転車発電までに三日間の日限を与えてくれ。たった一人の弟に、立派な旅立ちをさせてやりてえんだ。三日のうちに、オレは家で弟を送り出し、必ず、ここへ帰って来るから。」
「ばかな。」と暴君は、覇気のない声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うじゃないか。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうだ。帰って来るんだ。」オーバは必死で言い張った。「オレは約束を守る。オレを、三日間だけ許してくれ。弟が、オレの帰りを待っているのだ。そんなにオレを信じられないならば、よろしい、この街にデンジというジムリーダーがいる。いや、居たといったほうが良いだろう。オレの無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。オレが逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの野郎はもうバッチバチになれなくてもいい。たのむ、そうして下さい。」
 それを聞いてジムリーダーは、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうしてこいつが未だに帰ってくると信じているかつての自分を、三日目に抹消してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、オレは悲しい顔して、オレ自身を完全なる改造厨のニートにしてやるのだ。世の中の、熱血とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その友人は預かった。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと改造マニアの堕落したニートにするぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何を言いやがる。」
「はは。自分が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
 オーバは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。

(中略)

「デンジ。」オーバは眼に涙を浮べて言った。「オレを殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。オレは、途中で一度、おまえを燃え上がらせる自信がなくなった。デンジがもしオレを殴ってくれなかったら、オレはお前と抱擁する資格さえ無いんだ。殴れ。」
 デンジは、すべてを察した様子でうなずき、ナギサジム一ぱいに鳴り響くほど音高くオーバの右頬を殴った。殴ってから優しくほほえみ、
「オーバ、オレを殴れ。同じくらい音高くオレの頬を殴れ。殴りたいなら、殴れよ。」
 オーバはさわやかに微笑むと、腕にうなりをつけてデンジの頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。




※これは『走れメロス』のパロディです