宇宙センターでダイゴのプロデュースによる隕石やら何やらの展覧会が開催されることになったというので、ユウキはまったく湧かない興味をなんとかかき集めてトクサネまでやって来ていた。会場では進化に関わる石も販売されているというのがまだ救いだが、正直ダイゴさんの趣味には初めからそこまで共感が持てない。勿論あらゆる知識や彼の経験談を聞くことはとてもいい勉強になるのだけれども、それでもなんというか、情熱があまりに眩しすぎて真っ直ぐ見ていられなくなるのだ。 「奇遇だね、私もそういう時があるよ」 ユウキの正直な気持ちを話したところ返ってきた、ミクリの穏やかな答えである。彼もまた招待を受けてやって来たと聞いて、ユウキはお疲れ様ですと思わず苦笑いを浮かべてしまった。それに微笑み返すさまもやはり優雅というか作り物めいたものを感じて、この人はバトルの時とそれ以外では結構キャラが違うよなあなんてふと思ってしまった。出会い方が出会い方だったせいか、ミクリさんの印象というのは会う時ごとに何かが違う。 それにしても混んでますねと眉を寄せて、見えるか見えないかくらいの承ケースを少しだけ覗いてみた。何やら細かい説明が書かれているようで、だけど内容までは読めない。それくらいユウキとショウケースの間にはたくさんの人だかりができていた。ただでさえデボンコーポレーションとダイゴの求心力が相俟って業界人らしき面々からただのファンらしき人まで信じられないくらいの人数が集まっているというのに、チャンピオンと一度そのチャンピオンを打ち負かした少年の取り合わせはこれまた信じられないくらい注目を集めている。もっともミクリのほうは慣れたものといった様子で、ゆっくりと歩きながらユウキと会話を楽しみつつ、それなりに展示物も視野に収めているらしい。さすが、コンテスト制覇も目指している身としては見習わないとなあ。そうしばし見とれていたところに、誰かが人波に流されてユウキの肩を強く押した。どん、と体が勢いよく弾かれて衝撃が走る。 「うわっ!?」 「おっと、大丈夫かい?」 マリン系の香りがふわりと広がった。視界にはこれまた明るい海の色。ユウキはぽかんと呆けて数秒間そのままの格好で固まってしまい、そっと背中に置かれた手の存在に気がつくまでにまたいくらかの時間を要した。 ユウキくん?とやや気遣わしげな声色がほとんど真上からかけられたことにようやっと意識をひとところに集め、はっ!と思わず声をあげてユウキは慌てて顔を上向けた。視界に入るのはまたしても南の海の色で、ああこの人はどこまでも海なんだなと呆けそうになる。が、自分の体勢について思いなおしてやばいと目元を引きつらせると、勢いよく後ずさった。いくらかよろけてしまったものの、そんなことを気にしている場合ではない。 「す、すいません!」 「おやおや、そんなに遠慮することもないのに」 「いやっそういうわけにも…」 ぱっと手を開くとおどけたようなポーズを取って、ミクリは大丈夫かいと再びユウキに尋ね首を傾げた。それだけで取り巻きからは甘いため息が漏れるのだが、耳を通過させる暇すらユウキにはなかった。そういえば返事をしていないことに気づき慌ててはいと頷いてから、すぐにあちらこちらに視線を巡らせる。 まさかな、この人だかりだし…でももしかすると… 「やあ二人とも、遅くなってすまなかったね」 ぎゃああああああ! 円状に広がっていた人込みのどの方向からやって来たのかすら気づかなかった。まるで石、そうまさに石のごとく周囲に溶け込んで現れたダイゴにユウキは声にならない叫び声をあげ、これがまさに墓穴というやつだが再びミクリに体を密着させてしまった。さっきまで腰のあたりに抱きついていたところから、それを見られる前にとすさまじい反射神経(だいぶんタイムラグがあったが)で離れたというのに! もはや動くタイミングを見失い固まるユウキを不思議そうな眼差しで見下ろしたミクリは、深く考えない様子でその頭を撫でた。ぽん、と白い帽子が軽い音をたてる。それを見て周りの女性陣はまた少年に自己投影してうっとりするのであるが、やはり当事者にはなにひとつ関係のないことではあった。ダイゴは「思ったより人が来てくれてね」と台詞のわりに照れた様子もなくさらりと報告すると、まずミクリに久しぶりだとか元気だったかとかいったありきたりな挨拶をし、それに答えたミクリに満足そうな笑みをかべるとすっと視線を下げてユウキを見た。 なんでもないただのダイゴさんのはずなのに、どうしようもなく背筋がぞくっとする。心なしか頭上に乗せられたままのミクリさんの手を見ているような気さえする。 「ユウキくん」 「は、はい……?」 「危なかったね、大丈夫だったかい?」 にこりと降ってきた涼やかな笑みに、ユウキは頭の中が真っ白になった。やっぱり全部見ていたのだこの人は。 ひきつった笑いを浮かべながらぱくぱく空気の出し入れだけを繰り返す口を微笑ましそうに眺めてから、ダイゴはまるで弟を撫でるようにユウキの頭を撫でた。必然的にミクリの手と指先が重なって、そして自然な流れでミクリはそこから手を引く。こういう時には驚くほどポーカーフェイスなのもミクリさんの見習いたいところだな、とほとんど気の抜けた脳みそで考えながら、ユウキはただただ視線を逸らして笑うことしかできなかった。 (ミクリさん…あんたは知らないかもしれないけど) ユウキは以前、あの空色の瞳がおそろしく鋭く光った時のことを忘れてはいなかった。ミクリさんて綺麗ですよね、ただそれだけをほんの何かの拍子に言ったあの瞬間と、今この人の瞳はどことなく、なんとなく、ただ自分にだけ分かる確かさで、同じ色をしているのだった。 (ダイゴさんにとってあんたは、石と同格ですよ!) |