静寂を打つ水音に反響を受けたように、ミクリの柔らかな髪がかすかに揺れた。南海の色をうつし取ったとも言うべき髪色が、今はひどく冷たく見える。透明度の高い海を覗き込めば、光を放っているようにも見える白い白い小さな体が穏やかな波に揺られながら沈んでいくのが見えた。ダイゴにはその様子が美しく思えたけれども、傍らで悲しみに耐えているミクリにそんなことを告げるわけにはいかないため、静かに胸の奥底へ仕舞った。
あのラブカスは、生まれつきのアルビノだった。透き通るような白い体に、血液の色をそのまま現した赤い瞳。愛らしい桃色の仲間から離れるようにして水槽をたゆたっていた小さな体を見つめながら、長くはないだろうとミクリは呟いた。ダイゴがその日ミクリの元を訪れていたのは単なる偶然であったけれども、今こうして水葬に立ち会っているのは偶然ではなくダイゴの、そしてミクリの意思だった。はじめミクリは苦笑を浮かべ、そこまでしてもらう必要はないと言った。最期までこの子の傍に居てくれただけで十分だと、どこか意外だと物語る眼差しをダイゴに向けていた。しかしダイゴはただ僕が一緒に行きたいんだ、とだけ告げると一度ミクリの頬を撫でてから、桃色ばかりになったガラスの内側に視線を向けて、それから僅かに切なげな面持ちで笑った。お前、ひどい顔をしているぞ。目を合わせないままそう言われたミクリは眉を寄せ、お前には言われたくないと瞑目して眉を寄せた。涙は流れなかったが、美しい声は掠れていた。



「ミクリは、僕がアルビノだって言ったらどうする」
「――は?」
「僕の髪も眼もメラニンの欠如によるもので、洞窟にばかり籠っているのは紫外線に弱いからだったら」
「おい、ダイゴ」
「こうしているうちにも免疫力は弱っていくばかりで、そう遠くないうちにあの子みたいに」
「やめろ」
制するべく放たれた声はわずかに震えていた。顔を向ければかたくなに海を見つめたままの肩もまた、小刻みに震えているようだった。声のほうは怒りによるものかと思われたが、その限りではないらしい。ダイゴは赤い瞳をかすかに細め、僕に加虐趣味はないんだけれどと自身に眉を寄せてから視線を外し、ふたたび水面に顔を覗かせた。澄んだ海面に映るのは、白に近いアイスブルーといやに目立つ赤い瞳。これがアルビノだなんて信じるほど二人の関係は浅くはない、が、少々意地が悪かったなとダイゴは苦笑を浮かべた。勿論ミクリが見ていないことを確認して。
「ごめん、嘘」
「……知ってるさ」
「怖かった?」
「……お前、」
「ごめんごめん、ミクリ」
不自然に顔を背けてこちらを見ようとしないミクリの手を握ると、可笑しいくらいに冷えていたそれは大仰にびくりと強張った。暴れる魚を抑え込むような手つきで指先に力を込めればだんだんと震えも大人しくなり、やがてのろのろと温度差も失われてゆく。死を飲み込んだとは思えないほど明るい海から傍らのセルリアンブルーに移した視界に、今度は垂れ目がちな瞳が入りこんできた。弱り切ったようでどこか恨めしげな色を渦巻かせて、海とひどくよく似た双眸はダイゴの赤い瞳を見つめている。
ミクリがこんな顔をダイゴに見せるようになったのは、ダイゴが一度目の前で息絶えてからのことだとダイゴは記憶している。それまではまさしく放任的であり互いの行動にはほとんど干渉しなかった二人の関係が、暗黙のうちに変化したのもあれ以来のことだ。ミクリは、ダイゴが会いに来るとあの抜けるような笑顔の裏で、時折りどこまでも辛そうな顔をする。それに気づいていながらダイゴは知らぬふりをしてきたのだ。ミクリは懼れている。ダイゴのどこか常軌を逸した自己犠牲を目の当たりにしてからずっと、ダイゴの命と言う者に関わるすべてを怯えた眼差しで見つめているのだ。
「わたしをからかうなら、もうこれきりにしてくれ」
「違うよ、ちょっと試してみたんだ」
「……なにを?」
「愛されているな、ってことを」
さざ波の音が沈黙をそっと撫でてゆく。眉根を寄せたまま目を見開いたミクリが反射的に手を引いたが、それを上回る速さで引き戻されて二人の距離は変わることはなかった。見かけ以上に力の強い男であることは知っていたが、穏やかな顔つきでとんでもないことを仕出かすこいつがとても怖いと感じるのはこういう時だ。そうミクリは述懐して眉を下げた。これは弱った心につけ入られているのだ、と客観的に理解はできても、結局はつけ入られたほうの負けなのだ。視線の絡め合いから先に離脱したのはミクリで、その瞬間に押し寄せた感情の波にただ肩を落とした親友を、ダイゴは声をあげずに微笑んで見つめ続けていた。
お前が死んだら、あの子みたいに海に沈めてあげるよ。海岸沿いの道すがら、ミクリが苦し紛れに呟いた台詞にダイゴは大層驚いたように目を瞬かせ、それからふふっと喉を震わせて破顔した。それは嬉しいなと明朗に返された声に今度こそ呆れたように肩を竦めたミクリは、それでもこの日ようやっと、初めて笑うことができたことに気がついた。