「お前の肌はひどく熱い」
三成は眉を顰めて拗ねたような眼差しを何処へともなく放ったが、それでもべたべたと筋肉質な腕を触るのをやめようとはしなかった。腕を出せと唐突に迫られ、疑問符を飛ばしながら素直に差し出してみればこうである。何がしてえんだ、ますます分からないという風にそう尋ねてみても、ふんと鼻を鳴らしたきりしばらく三成はなにも言わなかった。やれ困ったとひそかに苦笑いを浮かべる家康は近くに誰ぞ居ないかと視線をうろつかせてみたが、どうやら人影は何処にもないようで一帯はしんと静まっていた。この城にしては珍しいと思わず口に出してしまってから、ああ、と納得と共に些かの後悔がよぎった。この渡りのあちら側には先日から大谷殿が借りている部屋があるのだ。三成がこちらに向かって来ていたところへ通り掛かったというのにすっかり頭から抜けていたのは、まあ三成が会うなりあんな突拍子もないことを言いだしたためであったのだが。
「そういうお前もワシと変わらないがな」
「ふん……嫌みか。同じなのは温度ばかりだと言うのに」
あんな細腕に何が出来よう、そう影で言われていることを知らない三成ではない。苦々しげに歯噛みをすると無意識に爪が食い込んだらしく家康が小さくあいて、と声を上げた。我に返り顔を上げればしかし家康は苦笑を崩してはおらず、それがまた三成の深淵をぐらつかせた。本当にこいつと私は同じ人間なのだろうかと訝しんでしまうほどに、何もかもが違っていた。ただそれでも同じ熱を持っている、それが今の自分には良きにも悪きにも堪える。今しがたまで言葉を交わしていた相手は、その肌にはくまなく布が巻かれていた。触れても温度など感じえなかったのだ。
「大丈夫だ、三成」
「何がだ」
「ワシもお前も、大谷殿も……忠勝も」
人だ、同じただの人なんだぞ。
家康は眉を下げて笑っていた。最後に口にした彼の腹心の名に、三成は双眸をわずかに呆けたように緩めた。もしやお前にも同じ葛藤があったのかとは訊けなかったが、恐らくそうなのであろうという確信めいたものが宿る。手が触れているというだけで随分と家康が近しいものであるかのように感じていた。あの鋼鉄に包まれた男にもこんな熱が通っているのか、こんなにも熱い、あるいはぬるい人間らしい温度が。三成は言葉すらまともに交わしたのは数えるほどだというのに忠勝についてそこまで考察し、幾許かのやるせない想いに至る。そう、私だって知っているのだ、吉継も私達と変わらぬ熱を今も抱き続けているのだということを。しかしそれに二度と触れられないかもしれない、見えるたびによぎるそんな不毛なむなしさを紛らわせようとしていたのだ。皆違うのだと思ってしまえば楽だった、それなのにだ。
「貴様は……やはり私とは違うな」
「んん? まあそりゃあ、人だからなあ」
今度はからからと笑って、家康は遠くを見やるような目をしてから三成と視線を合わせた。自分と相容れないと思う奴と手を取れることこそ、本当に楽しいことだと思うんだ。己に言い聞かせるようにこう言うと、お前もそう思わないかと言わんばかりに首を傾げる。ああ眩しい、とぼんやりとしてきた頭で三成はただそう呟いた。そうして掴まれたまま引くこともせずそこにある家康の腕を、少しばかり有り難く思った。