女の子というのは本当に可愛らしいものだと思う。特に恋をしている時というのはそれはもう一直線で、相手のことしか目に入らず、考えられず、そして相手のためならどんな苦労も惜しまない。おしなべてそうであるというわけではないだろうけれど、今目の前で悩ましげに思いのたけを語りながらお手製のアップルパイを口に運ぶ彼女に着いて述べるならば、まさしく先の通りと言ってよいだろう。
私はなかば本心からの微笑ましさで目を細めて相槌をうちながら、切り分けられたアップルパイをゆっくりと咀嚼していた。かれこれ半日ほどこのお茶会は続いているはずだが、一向に終止符が打たれる様子もなく、そして彼女と彼女のポケモンが運んできた山のようなバスケットから出てくるお菓子もまた底をつく気配はなかった。甘いものは決して嫌いではないものの、ここまで立てつづけに口にする機会はそうそうあるものではない。別腹という概念がどうやら自分には備わっていないようだと、これまでの人生で初めて思い至った。
「それでひどいんですユウキ君ったら! このアップルパイ三切れも食べたくせに、感想が甘すぎるって! それだけなんですよ!?」
「うーん、だけど食べてくれたっていうことはきっ「しかもクッキーあげたときなんて形が悪いとか言って!そりゃあポロック作りはユウキ君のほうが上手だけどっ、でもひどいじゃないですかあ……」
「そ、そうだね…ほら泣かないでハルカちゃん。このアップルパイだって本当に美味しいんだから」
「ふえっ……おいしいって言ってくれるのはミクリさんだけですッ」
「それはねハルカちゃん、試食を頼む相手を間違えたんだよ……ダイゴじゃあダメだ、ものすごく偏食だから」
涙をにじませながらさくさくとパイ生地を口に運ぶハルカちゃんが恨めしそうにこちらを見るので、そっと視線を外して頭の中でダイゴにハイドロポンプをお見舞いしてやる。あのお坊ちゃんめ、いくら日を通した林檎とチーズとブルーベリーが嫌いだからって食べもせずに断ることはないだろう。男としてダメだ、お終いだ。世の中の女性が誰しもお前の好き嫌いを熟知していると思ったら大間違いだぞ!
「でも……ミクリさんってダイゴさんの好きなもの、全部分かってるんでしょ?」
「え、うーん、どうかな、まだ知らないものもあるかもしれないね」
「……でもいいなあ。私もユウキ君の好きなものとか、もっと知りたいです……」
ほう、と溜息をつく仕草はまさに恋する乙女そのもの。どこか遠くへトリップしそうな眼差しをテーブルのちょうど真ん中ありに注いでいる彼女をただ笑顔のまま見守りつつ、私はどうにか最後の一切れをじっくり噛みしめてから胃に収めた。いやいやあまり甘やかすとああいう御曹司みたいなのが出来上がるのだから、尽くし過ぎてしまうのも考えものかもしれないよ。って私は何を考えているのだろうか。もうダイゴの話なんてどうでもいいのに、胃のほうに血液が持っていかれすぎて頭が回らなくなってきている。ハルカちゃんの繊細なハートを傷つけ私の胃にまで過労を強いているくせにそんなことは露知らずどこかで石を掘っているであろう男の顔がどうしてもちらついて、私はハルカちゃんがこちらを見ていないことを確認して顔を一瞬だけしかめた。本当に今まで甘やかしすぎてきたけれど、今度という今度は好き嫌いについて話し合わなければならないだろう。それと思春期の女の子の扱い方もだ。
「もうっ! 考えててもしょうがないですよね……あっミクリさん! 次はストロベリータルトにしますか? それとも……」
ぱっと面差しを変え、気を取り直してとばかりに次なるバスケットを開けようとしているハルカちゃんの笑顔につとめて感じよく見える笑みを返しながら、私は自らの胃にひっそりとレクイエムを贈った。ダイゴ憎んで他は憎まず、とりあえず次に会ったら素敵なハイドロポンプをお見舞いしよう。