Nel mezzo del cammin di nostra vita
mi ritrovai per una selva oscura,
ché la diritta via era smarrita.

Ahi quanto a dir qual era è cosa dura
esta selva selvaggia e aspra e forte
che nel pensier rinova la paura!

Tant’è amara che poco è più morte;
ma per trattar del ben ch’i’ vi trovai,
dirò de l’altre cose ch’i’ v’ ho scorte.

Io non so ben ridir com’i’ v’intrai,
tant’era pien di sonno a quel punto
che la verace via abbandonai.

Ma poi ch’i’ fui al piè d’un colle giunto,
là dove terminava quella valle
che m’avea di paura il cor compunto,

guardai in alto e vidi le sue spalle
vestite già de’ raggi del pianeta
che mena dritto altrui per ogne calle.



人生の道の半ばで
正道を踏みはずした私が
目をさました時は暗い森の中にいた。
その苛烈で荒涼とした峻厳な森が
いかなるものであったか、口にするも辛い、
思い返しただけでもぞっとする。
その苦しさにもう死なんばかりであった。
しかしそこでめぐりあった幸せを語るためには、
そこで目撃した二、三の事をまず話そうと思う。
どうしてそこに入りこんだかうまく言えない。
当時私はただもう夢中だったから
それで正道を捨てたのだ。
森の中で私の心は怖れおののいていたが、
しかしその谷が尽きたところで、
私はとある丘の麓にたどりついた。
目をあげると、丘の稜線が
もう暁光に明るく包まれているのが見えた。
あらゆる道を通して萬人を正しく導く太陽の光であった。

















規則正しく上下する腹部によって生み出される寝息が、窓から水平に近い角度で差し込む夕陽によって染め上げられた空気に溶けていく。初めはどこか埃っぽいと思っていたのに、オレンジの光線によって照らされると柔らかく懐かしく、郷愁を誘うようなレトリックな趣きを演出するから不思議である。卓上に積み上げられた中等部用の教材から伸びた影が、デスクのそれと混じりあって足元近くまで迫っている。室内のあらゆる物体から続く影が、すべてこちらに向かって先端を伸ばしている。それらを寸でのところで寄せ付けないとでもいうふうな、きらきらと輝く金色の光がフーゴのすぐ傍で、まるでそれ自体で呼吸をしているかのようにほろほろと淡いスペクトルを視界に散らしている。常ならばリモンチェッロに近い色合いをしたそれが、今は濃い蜂蜜色をしているのが目に優しい。膝の上にのっている手触りのよいであろう金髪を、しかしこの体勢に入ってからフーゴは一度も触っていない。つくりもののごとき調和の保たれている少年のありさまを、自分がもしも崩してしまったらと思えばとてもそんなことはできないのだった。

温色と静かな陰りが満ち満ちている室内に、ひっそりと佇んでいるものがある。ジョルノが、ふたりきりの時には極力出しておくようにと指示しているのだ。光を薄らと透過して影を生まないそれは、ベッドに腰を下ろしているフーゴと、その膝で眠るジョルノをじっと見下ろしている。透明なフェイスカバーの奥の瞳がなにを思っているのか、あるいはそういった思考の働きは持たないのか、フーゴには未だによく分からない。かれをしっかりと両のまなこに納めること自体、まだ新鮮味のある行為なのだ。未だにわずかな嫌悪すら伴いながら、それでもフーゴは物言わぬ分身をじっと見つめている。その双眸の色が夕焼けを通して光耀としているように見える。こいつもちゃんと此処の空気の一部になれているのだと思うと、ほっとする心地がした。

(お前も……綺麗だと思うだろう?)

内意のみで問いかけてみると、かれの継ぎ接ぎだらけの頭部がゆっくりと移ろい、視線がフーゴだけを捉えた。わずかに息が止まる。初めてこうして正面から見つめた時に寂しそうだと感じた面立ちは、あの時よりも穏やかなように見える。フーゴは細く糸を紡ぐくらいの慎重さで呼吸をしながら、目元だけでほほ笑んでみた。上手くできているかは自信がない。しかし物言わぬかれが問いかけに応えてくれたのだということが純粋に嬉しかったので、笑おうという意志は伝わるだろうと確信していた。

「……フーゴ、ずいぶん部屋が暗いじゃないか」
「あっ、起きてしまいましたか」
「きみがパープル・ヘイズとお喋りしている間にね」
片手を額のあたりに持ち上げて、沈みきる間際の夕陽を遮りながらジョルノは小さく欠伸をした。それは幼びた仕草であったが、今しがた眠っていた時からこれまで、彼から気の緩みであるとか油断であるとかいう片鱗を感じたことはない。どんなに些細な動きひとつであっても、彼には気品と洗練された輝き、そして淀みない警戒心が付随している。そうでなければ、若干十五歳でパッショーネのボスなど務まるはずもない。
「休まりましたか」
「そうだね、やっぱり此処はよく眠れるような気がする」
寝惚けているわけでもあるまいが、フーゴの手をとって意味もなくそれに口づけなどをしているジョルノに何とも言えない笑みを浮かべ、彼の髪の編み込まれていないところをようやくそろりそろりと梳いてみた。温かそうな色をしていても、ひんやりと冷たい。明かりをつけましょうと言ってみたが、手を掴まれたまま返事がなかったのでその提案はうやむやになった。まだ眠いのかもしれない。ぼんやり窓の外を見ている眼差しにつられてそちらに顔をあげれば、まさに街並みの向こうへ濃橙の夕日が沈むところであった。


ネアポリス中高等学校の寮にフーゴが家庭教師の名目で呼ばれるようになったのは、間近に迫ったジョルノの定期試験で彼に限りなく満点に近い結果を叩きださせるためであった。なにせボス稼業で目まぐるしい日々を送っている彼はまともに授業に出席していないので、試験でよい成績を残さないと単位取得に深刻な影響を及ぼすことになるのだ。こういったことに裏で手を回すのをよしとしていないジョルノであったため、近くに居たうってつけの人材、すなわちパンナコッタ・フーゴを臨時の教育係に一任したのである。
「ボスともあろう人がこんな所に住んでいると知ったら、組織の連中は驚くでしょうね」
「そうかな、皆それぞれ別の顔を持っているものだろう。きみが今でもバーでピアノを弾いているみたいに」
「ぼくとあなたを一緒にしては駄目ですよ」
「ああだけど、ミスタにはひとつしか顔なんてないね」
「ははは」
こちらの話を聞いているのかいないのか、ひとりでマイペースに話すジョルノを見ていたら笑みがこぼれた。それを物珍しそうに聞いた彼は、やはりほとんど無表情のまま腕を伸ばしてフーゴの頬に触れると暫くそのままじっとして、やがてするりと起き上がった。猫のようにしなやかな動作だった。
「もうパープル・ヘイズを出しておくのに慣れたかい?」
「ええと……まあ、初めよりは」
「お喋りできる程度には、だろう」
「そうですね、多分そうです」
あれが果してお喋りに入るのだろうか。しかしジョルノが言うのだからそうなのだろう、フーゴは苦笑がちに頷くと立ち上がり、部屋の明かりをつけた。無機質な白い光は先程までの抒情的な室内のありさまを一気に吹き消してしまったようで、少し残念に思われた。その中で目立つ紫色をもういちど両眼に捉えて、自分とほぼ同じ高さを持っている体躯の、頭頂から爪先までを眺める。僕が居ればいざという時にも抗体が作れるからね、という頼もしき我らがジョジョのお言葉により、フーゴは組織に戻ってから分身との距離を縮めるように努めていた。努めさせられていたと言ってもよいが、むしろフーゴにはこれがひどく稀有で、奇跡のようにありがたいことであった。
今ではもうこいつを暴走させる心配もかなり少なくはなったけれども、それでももし、例えば自分がのっぴきならない事態に陥ってしまったとしても、彼ならばこいつを抑えることができるだろう。彼とパープル・ヘイズは共存を許されている。それがフーゴにとっては至上の安らぎであり、希望であり、胸の内に強さに繋がるひとつの約束を抱かせるのだ。

(――もしも僕が彼のために死ぬ日が来たら、そのときにお前がまだこの世に存在していたのなら、どうか残された力を彼のために使ってくれよ)

透明のフェイスカバーに触れるか触れないかのところまで指先を伸ばし、今度こそしっかりと微笑んで見せる。そこに吸い込まれるようにゆっくりと姿を消しゆくパープル・ヘイズは頷いてくれただろうか。それを確認する前に、なにかつまらないことを考えてるね、とジョルノが静かに声をかけてきたので、フーゴの意識はひといきにそちらへと移ってしまった。ベッドに腰掛けたまま膝を組んで、鼻白んだ少しこどもっぽい目がフーゴを見ている。蛍光灯の安っぽい光よりもずっと高貴にしてかけがえのない目映さ。ああぼくはこの人の為に死にたい、呼吸を苛むほどの愛しさが細胞のすみずみまで駆けまわって叫んでいる。
「つまらないことなんかじゃ、ありませんよ」
ベッド脇まで歩み寄ってジョルノに柔らかげな面差しを向けたフーゴをじっと見上げてから、やれやれといったふうにジョルノは息をつくとその腕を引いた。落ちてきた体を受け止めて一緒に寝転がる。勉強はいいんですかと尋ねる教育係に、いたずらめいた顔をして若きギャングスターは黙ったまま口づけた。





(guardai in alto e vidi le sue spalle
vestite già de’ raggi del pianeta
che mena dritto altrui per ogne calle. )







―――ダンテ・アリギエール『神曲』/川平祐弘訳