オパールを散りばめたようなまばらな光が、閉じたまぶたの上を踊っているのが分かる。視界は完全に塞がれているのに心地よい安息感がある。肌によく馴染む空気の中で、膝立ちになって何かに上体を凭れ掛けさせて、自分は誰かに話しをしているようだった。柔らかく包容力のある感触に緊張感など少しも要らない。口から紡がれるのは、どれもこれも他愛もないことだ。知ったところで何ひとつ、誰ひとり、僕ですら得することなどないような日々に埋没していくだけのくだらない話。ほろほろ崩れていくクッキーの滓みたいにどうだってよいことだから、朝起きれば忘れてしまうかもしれないのに、そういうことを拾い上げて話すのが何故だかとても楽しい。こんなこと、誰にも話したことがない。きっと家族にさえ話したことはない。そういう無防備さが、我ながら不思議だった。
温かくものさびしい。ひるひなかのだだっ広い屋敷の、柔らかい日差しが窓からどれだけ注ぎ込んでも必ず影が残ってしまう片隅で、あまねくに行き渡ろうともがいている光の粒子を眺めている気分になる。

(……いいや僕は、こんなふうに光を見たことはなかった)

まぶたをちかちかと細かに照らしていた光が、不意に幾重ものとばりに隔てられたように消えていった。胸に冷えた風が吹き込む。そうだこんな薄暗さの中で、僕はいつだって息を潜めるようにして生きていた。誰にも理解しえない異質を抱えながら、本当は誰かと笑ってしまうくらい他愛ない話しがしたかった。


「……ん?」
「起きたか」
がたたんと体が揺さぶられる反動で首が傾き、それがきっかけで目を覚ますと隣で気のない声が呟かれた。そちらを向こうとしてまず寝違えたらしい鈍痛に顔をしかめ、次いで視界が何かに半分ほど遮られていることに気づく。ちなみに前髪ではない。何だろうかと手を持ち上げてそれに触れたところ、少なからず意外なものであったので驚きとともに意識が覚醒した。
「何故……これが僕の頭に被さっているんだ?」
「お前が眩しそうにうなされていたからな」
「……君が?」
「……お前だと言っただろう」
手にとって目の前で確認したそれは、まごうことなき承太郎の帽子であった。汗やら埃やら煙草やらの混じりあったにおいがする。どうやらジープでうたた寝をしていた自分を気遣って被せてくれたらしかった。僕らの会話がツボに入ったのか、運転席でジョースターさんが噴き出している。いや僕は君がわざわざ被せてくれたのかと訊きたかったんだ、帽子を返しながら言葉をつけ足せば、目深にそれを被ってやれやれだぜといつもの台詞を口にして彼はそれきり黙ってしまった。気分を害しただろうか。お祖父さんであるジョースターさんの反応もほんの少し影響しているように思われたが、とにかく有難うとだけ告げて僕は寝違えた首をさすった。
がたたん、がたたん、土壌の硬いところを走っているのだろう、使い古されたジープは唸り声をあげるようにタイヤを擦り減らしながら走っている。こんな道ならば魘されもするだろうなと納得して、しかし魘されるような夢ではなかったがなあと些か不思議に思う。いつだったかのスタンド使いとは雲泥の差だ。ひどく穏やかで、安らぎをおぼえるひと時だったように記憶している。だが気掛かりだったことといえば、話しをしていた相手は一体誰だったのかということだ。あの全てを委ねてしまいたくなるような、現実味のない安堵感を与えてくる人物は、一体誰だったのだろうか。
「…悪い夢は忘れちまうことだぜ」
思考に浸ろうとしていると、いつの間にかこちらに視線を戻していたらしい承太郎がまるで頭の中を読んだようにそう忠告してきた。目を合わせれば、暫く何かを探るように青みがかった瞳がじっと僕を見ていたが、やがて興味を失くしたふうな素振りで帽子のつばを引き下げた。僕はそうしている間にもいましがたの夢の輪郭がおぼろになってゆくのを感じながら、それもそうだねと可笑しみを込めて頷く。忘れられない夢もあるが、今ではいい思い出なのでそれはもういいのだ。
「じゃあ承太郎、ぼくの昔話に付き合ってくれよ。また変な夢を見ないようにね」
「……ああ、いいぜ」
スプリングの利かない後部座席は相変わらずよく揺れる。そのたびに寝違えた首が痛んだが、どういうわけか僕にはあの穏やかで柔らかい夢の中よりも、この場所がとても好ましいように感じている。いつだって息を潜めるようにして生きていた。誰にも理解しえない異質を抱えながら、本当は誰かと笑ってしまうくらい他愛ない話しがしたかった。そういう過去が取るに足らない瑣末となってしまったこの旅と仲間を、こんなふうに言うのは恥ずかしいけれども、僕はなにものにも代え難く愛している。