三成は、太閤から賜ったという風鈴を後生の宝のように濡れ縁に吊している。青銅に細かな文様をあしらった、見ずとて知れる高価な品ではあるけれども、幾年仕舞われることもなく風に吹かれ続けている短冊は輪郭がいくらかみずぼらしいことになっている。その色褪せた藤色を、盲つつあるまなこに映せば機を狙ったかのように風がやってきて、千切れんばかりに短冊が宙を踊った。チリリンチリリン、激しく甲高く鳴る金属音は恰も悲鳴のようで、爽快感などひとつもない。思わず耳を塞ぎたくなる。視界でぶれる藤色。白くおぼろに、冬空に、舞い上がりたがっているような、留まりたがっているような、凄絶な高鳴り。 (散りりん、散りりん、) ひひ、と吸気と混じりて笑うと、布に覆われた指先をゆらり持ち上げて、短冊へと伸ばしていた。耳を覆うよりも確かなことだと、殆ど無意識に思ったらしかった。しかし身軽く舞い踊る紙切れは指の間をすり抜けて、なかなかつらまってはくれない。童のように、あるいは猫のように何度も指で宙を掻くさまを人が見れば滑稽だと笑うであろうか、もしくは気味悪がるであろうか。 もう一度喉から笑い声をあげようとして、しかしそれは叶わなかった。何故だかひりついていた。おぼろな視界で今にも糸から切り離されて、灰色の空に舞いあがろうとしている短冊。ああどうして捕まらぬ、そのように風に揉まれずともよいのだ、目を細めて内心であやすように呟いても冬の乾いた風はおさまらず、自らの頭巾の裾さえ浚いたがるように騒ぐ。ああ輿でもあればすぐさま浮かび上がってやるのに、吉継は稀なる歯痒さをおぼえてぐうと歯を噛むと、爪先立ちをしようと膝に力を込めた。 「何をしている」 やはりと言おうか、ぐらりと揺らいだ体躯を後ろから支えたものがあった。伸ばされた包帯巻きの細い指を、血色の悪い、それでも武骨さの滲み出た手が握っている。確かな触れ心地であるのに、どこか戸惑っているのがよく分かる。病巣を恐れるたぐいのそれではなく、器を慮ってのことである。ひひひ、老婆めいた笑いをようやっと漏らすと背後でいくらかいぶかしんだ息遣いが生じ、共に手を下ろしながら男は吉継の前に回り込んで、その貌を覗き込んだ。 刑部、と潜められた声が呼ぶ。そこへ風鈴の音が重なって、頭巾に隠された眉を上げて、吉継は三成から青銅へと視線を移した。いまだに煽られるままに、狂ったように踊っている。 「あれが欲しいのか」 「否……飛ばされぬかと思うただけよ」 「秀吉様から頂いたものだ、そう易々と飛ぶまい」 落ち着いた声色で風鈴を見上げた三成は、しかしその踊りように些か閉口したらしかった。今年の寒波を舐めてはいけない。冬だと言うに、ぬしがまるで聞かぬゆえ我も気が気でないわ。冗談めかして告げれば何か言いたげに切れ長の目が下向いたが、少し唇を尖らせたきりいらえはなかった。そうして三成は寸分黙って風鈴を睨みつけたのち、軒先からいくらか内側へと避難させた。いつになく慎重な手つきであるように見えたのは、弱った目ゆえの見間違いではあるまい。改めて見上げると、ようやっと穏やかになった風に安堵したかのように、短冊はくるりとゆるやかに揺れた。 懸命よな、そう肩を竦めて見せた吉継をやわらかくねめつけた三成は、短く息を吐きだすと手を伸ばし、いつの間にやらずれていたらしい頭巾を几帳面に直してから吉継の頬に触れた。冷えている、と苛立ちまぎれに呟くさまに可笑しみをおぼえ、吉継は敢えてその手に手を重ねることをせずに瞳で笑った。ぬしのせいよと嘯けば、困惑がちな眼差しがしばらく吉継をとらえて放さなかった。 |