ミナキがぽっくり死んだらしいとマツバが聞いたのは、数えてみればその命日から三日もあとのことだった。遠い北の地でのことだったらしい。旅の途中に不慮の事故に遭った彼は自分でもわからぬうちにあちら側の人となり、もうエンジュの地も踏めぬという。遺体はもろもろの事情で現地で葬られるのだと電話で事務的に告げてきた名も知らぬ人に生返事をして、いやに重く感じる受話器を置くとマツバはただ口をぽかんと開けて、いつまでもそこに立ち尽くしていた。影から顔を出したゲンガーが心配そうに鳴いても、まるで耳に入らなかった。
マツバは三日三晩泣き、鈴の塔に籠って役立たずの千里眼を嘆き、そうして七日目が来た。またたく間のことだった。七日で人は完全に死ぬという。自由な身の上が祟ったのかどうかは分からないが、せめて骨はこちらへという意も汲まれることはなかったので、あとには彼の魂だけが戻ってくることを願うばかりだった。
しかしそんなところへ、おかしなことが起きた。
ジリリリンと黒電話が鳴って、マツバが出てみるとミナキであった。鳩尾が騒ぎだし、喉がからからになっていたがマツバはわずかな喜びとともに敢えて何も知らぬふうに呼びかけみる。するとあちらもやはり何もなかったように笑って、明日あたりに行くというのだ。マツバは想いが叶ったことに喜びをおぼえ、涙ぐみながら電話を切った。例えこの世のものではなくなってしまったのだとしても、彼に会えるというのは震えるほどに嬉しいことだった。
だが、おかしいのはその後であった。身の回りの世話をしてくれるイタコがちょうどこの様子を聞いていたらしく、おやあミナキはんいらはるの、とにこにこ言うのだ。面喰った。もちろんマツバに近しいものは皆、ミナキが逝ったと知っている。しかし穏やかな顔つきから察するに、化けて出るといったたぐいの意味でもなさそうである。
不審になって訊いて回ると、マツバ以外の誰もがミナキの訃報を忘れていた。共に泣いた筈の先代もタマオも同じである。いよいよおかしいと思ったマツバは思わずミナキのポケギアにコールをしようとしたが、そこで妙な気配に気づいた。焼けた塔からだった。
果たして行ってみれば、そこにはスイクンがおわす。最下層から屋根まで焼け抜けたがらんどうの底、はるか昔に焦げた木材の黒々とした中に浮かび上がるシルエットに息を飲むと、マツバはすぐにスイクンの元まで降りていった。
ミナキが死んだろう、とスイクンは言った。マツバはうるさい自らの心音を聞きながら、ゆっくりと頷いた。すると少し目を細めて、あれは私の中に取り込んでしまった、とスイクンは涼やかに告げた。瞠目する。
「食らったのか、」
掠れがちに尋ねればちょいと首を振って、スイクンは風のように不思議な音色で喉をうならせた。そんな低俗なことはしないと、哂ったようだった。
ともかくマツバにしか覚えがないのは、そういうわけであるようだ。何故と問う声には答えずに、スイクンはマツバの手にひとつ白いものを乗せた。それを見つめ、ああ、と唇をわななかせているうちに風のごとくスイクンは消え失せ、暗い塔内にはマツバだけが残された。マツバはただ黙って、それを飲んだ。今やこの世にたった一つ残された、宝石のような骨であった。
翌日、言ったとおりにミナキはやってきた。どこをとっても普通の人間と変わりない、以前のままの快活な彼である。しかし彼がもう人間でないことは、マツバだけが知っている。はるばる北まで行ったのにこれといった手掛かりもなかったぜ、と慣れたふうに笑うミナキにはははと相槌を返して、マツバはにこやかに告げた。
「焼けた塔に調査に行くなら、手伝うよ」