いつでも大抵落ち着きなく動き回って、小動物のように飛び跳ねたり、ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべているところはよく似ているのに、少し注意して眺めているとあのふたりは、松風と影山はまるきり異なったタイプの人間なのかもしれないと思えてくる。
剣城はパスを回しながらゴールへと攻め上がっていく速度感のさなか、並走して黒目がちな眼差しを真っ直ぐ前へと投げかけている影山を視界の端に捉え、名前を呼ぼうとして不意にそのことを自覚した。練習中にほかのことを考えるのはよろしくないと分かり切っているし、取り立てて理由がなければ自分はそんなことをする性格ではないのだが、どうにもこれについては、練習中に一番強くはっきりと見えてしまうから仕様がなかった。
ばしん、と脛を叩いてボールが渡ってきた。つるぎ!とその直前に呼ばれた名前を無意識で掴み取って、一秒にも満たない間だけそちらへ目を向けて、すぐにゴールネットを睨む。軽やかに走る松風が笑っているのはなぜだか視認しなくたって分かるので、剣城も知らず知らずのうちに口元をもちあげている。以前はあの笑い顔が鬱陶しくて堪らなかったのに、今となっては松風の春めいたありさまとサッカーはすっかり自分の中でイコールになってしまっていることを認めざるを得ない。

「剣城くん!」

意識を爪弾かれて見やると、前へ走り出た影山が顔をこちらに向けている。そうだ、今しがたこの位置関係になるように名前を呼ぼうとして、思考に隔てられてしまったのだった。視界の端と端で、影山と三国さんがそれぞれ真摯な目つきでこちらを見ているのが分かる。剣城は軸足を踏みしめると奥歯をしっかり噛みしめて、ボールを蹴りだして、それから彼の名前をボールに乗せるようにして叫んだ。ぴょんぴょん跳ねたウィスタリア色の髪が、素早い動きに流されてなびく。

「影山!」

ああきっとこのかんじは、もしかしたら俺が一番よく見えているのかもしれないと、剣城はパスが滞りなく渡ったことを確認しながらまた考える。大きな瞳は自分を見ることはなかったが、声が届いていることはよく分かった。影山は笑っていない。まだサッカーを始めたばかりだというし、もともとの性格もあってかあいつのほうが真顔でプレイをするのだが、自分がパスを回すときにはひときわ強張った顔をするような気がするのだ。それもこうやって今みたいに、名前を呼んだときには。フォワードとして並んで走る機会が多くなければきっと見えなかったであろうその変化に、剣城はゆっくりと失速しながら眉をひそめた。
影山のシュートがゴールに突き刺さり、松風と西園が転がるように走り寄ってきゃらきゃらと笑う。影山もそれに答えて笑っている。ほんとうに、ああしていれば皆同じところに立っているように見えるのになと鼻白む。少なくとも剣城にとって、屈託なく笑えるというだけで彼らは光輝く何かによってひと括りにされている風に思えるのだった。そしてまた、できればそうであってほしいとも思うのだ。思うのだが、気づいてしまった差異がちらついて離れない。影山だけがあの世界から断絶してしまう一瞬を、自分は幾度も近くで見ていた。



「名前を呼ばれたくないのか」

部室に戻ったら機会を逃してしまう確信があったので、フィールドから戻る一瞬を狙って声をかけた。予想はしていたがびっくりしたらしく、肩どころか全身を跳ねあがらせてうわわ、と声をあげてから影山は振り返り、剣城を見上げてまた目を丸くした。つるぎくん、と躊躇うように呼ぶので少し眉を下げる。もうちょっと前触れというのをうまく作れたらいいのだろうが、生憎とやり方を知らない。驚かせたなら悪かった、歩を進めながら呟くとまたぱちぱちと目を瞬かせて、それからいいえそんなことは!と両手を振って影山も並んだ。
日がほとんど沈みきってしまった空の下、伸びる影はかろうじて輪郭を保っている。不思議なかんじだな、と思っているのはきっと、どちらも同じなのだろう。グラウンドに出てしまえばひとつの疑問もなくごく自然に並んで走っているくせに、こうしてサッカーと関わりのないところで一緒に歩くというのはあまりない。剣城は、自らのことながらいまいち分かりかねたけれども、影山という少年のことはとりわけどうと思ったことはない。ただサッカーの才能には目を瞠ったが、彼の人柄については自分とは異なるタイプだと、それだけ思うのみだった。しかしきっとあちらは自分のことを苦手にしているだろうという自覚はあったから、だからなおのこと、声をかけたのは悪かったと思っている。しかしそれでも、確かめておきたいことがあった。自分たちを繋ぐサッカーに関わることだから、避けられない道なのだ。

「えっと、名前ですか」
「…ああ」
「…ぼく、どこか変だった?」

敬語交じりに、上目がちに見上げてきた瞳は戸惑いを孕んでいるものの、しっかりこちらの意図を読んでいるのだとすぐに気づいた。少しだけな、と頷いて、どうしたものかと視線を逸らす。もっと無自覚なものかと思っていたが、こいつは考えていたより厄介なのだろうか。

「すみません…なんかまだ、癖で」
「癖?」
「自分がサッカーしてて、それで影山って呼ばれてると思うとなんか、ちょっと身構えちゃうんだ」

ぽつんと言って、影山は俯いた。今度は剣城がそのつむじのあたりを見つめる。やはりそういうことかと納得しながら、うまい言葉が出てこずに目を細めて息を詰める。これまでこいつはずっと怯えながらそれでもサッカーを好きでいたのだと、改めて感じた。だけれども、好きなサッカーを思いっきり出来ない苦しさは剣城も痛いほど知っているけれども、自分たちの苦しさの根っこは全然違う場所にあるのだ。たとえば鬼道監督のように、彼の叔父という人について理解したうえで言葉をかけてやれるならばよかったのかもしれないが、生憎そんなことはできない。それに勿論、とっくに頭では分かっているのだろう。ただ条件反射みたいに、体が強張ってしまうだけで。

「っだ、だから剣城くん!僕のこと、たくさん呼んでください!」
「…な、」

つるぎくんと走るのはすごく楽しいから、きっとすぐ慣れると思う!だから!そう両手を握りしめて胸の前で振りながら、じっとこちらを見上げてくる真剣な眼差しとぶつかる。呆けた声を出してしまい、それにしゅんとされてしまいそうな気配を感じ取って慌てて頷いた。お前がそれでいいなら、それでいい。ようやく言葉らしいものを伝えれば、打って変わってにこにことそれは嬉しそうに、ほっとしたように影山は笑った。