潮風が通り抜ける高台にこうして腰をおろしてどれくらい過ぎたのか、数えるのは容易いのだがそれは惜しいように思われて、ミナキは開きかけたポケギアを仕舞うと海独特の香りを吸い込みながら空を仰いだ。雲はゆったりと流れている。ここは本来それなりに頻繁に人が訪れる場所であるはずなのだが、どういうわけか自分たちが居座ってからというもの、ひとりの姿も現れない。静かなものだ。穏やかな潮騒と、鳥ポケモンの鳴き声が遠くに響くほかには音という音もなく、不思議な力によってここだけ一層浮かび上がってしまっているような気分になる。あの日もこんなふうにしんとしていたっけな、ミナキは立てた片膝にのせた腕に頬をうずめるようにしながら、しばし瞼を下ろして思考をほどいた。あんなに忙しなく駆け廻っていた日々も、憤りに歯噛みした夜も、なにもかも悟ってしまった朝も、ほんの一瞬であったようにも、永遠であったようにも感じる。

「くーん」
「ああ、お腹が空いたのか?」

ゆらゆらした淵から身を起こすと、寄り添うようにして腹這いになっていたスイクンが首をもたげて、じっとミナキを見つめていた。額の水晶も、紅いまなざしもウエーブのかかる潤沢なたてがみも、全てが光を透かしてそれは美しい。自然と微笑んでしまいながらモモンの実を差し出すと、くんくん匂いを嗅いでから嬉しそうに鼻を鳴らし、上目にミナキを窺いながらスイクンはそれを食べるのだった。こんなこと数日前までは考えられなかったのに、といまだに高鳴る胸を抱えつつ、ミナキはかすかに届く甘い香りに眉を下ろした。スイクンもやはり腹は減るのだなんて今となっては笑ってしまうような当たり前のことを知ったのは、この高台にふたりきりになった、その後のことだった。
スイクンは、ヒビキを待っている。あの子が何を思って自分たちをここに残していったのか、ミナキには考えるまでもなく理解ができるはずであったけれども、敢えて口にすることはなかった。ちゃんと戻って来るんだぜ。そう言えた自らを褒めてやりたいくらいには、あの日、ヒビキに正直な心境を告げたあの日、ふたつの強い想いが胸の中でいっぱいにせめぎあっていたのだ。叶うならば、許されるならばいつまでも取り残されていたい。だがこうして寄り添うことを許してくれたスイクンは、ようやく身を落ち着ける場所を見つけたのだ。それは私ではない。けれども、それでもこうやって手ずから木の実を食べてくれるなんて、それは、それだけでもう体が泡になって消えても構わないくらいには、幸せなことに他ならなかった。

「ヒビキ、早く来てくれるといいな」
「……くうん」
「ふふ、私も眠くなってきてしまった」

小腹を満たしたスイクンのたてがみをそっと撫ぜると、くああ、と欠伸をしてまたのんびりとした動作で、スイクンは揃えた前脚のうえに頭をのせた。撫でられるのが気持ち良いのか、少し擦り寄るようにしてくる。ミナキはまた頬を緩めた。気長に待ってやろうというふうな面持ちのスイクンに、なにか救われたような心地になるのだ。
そうだね、わたしたち随分と、長いこと待ったのだから。もう少し、時が来るまで寄り添って眠ろう。誰にも邪魔などされない、きっと夢の中でもふたりきりだ。