窓ガラスに叩きつけられた大粒の雨が上から下へ、水飴のようにどんどん流れ続けているために外の景色は溶かされて、まるでクリアに見えやしない。滝の裏側にでも入ってしまったようだった。スコールには慣れたものだったけれども、だからって好きになれるものでもないと気色を沈めながら吐き出した息は、自然どんよりと重たくなっていた。トクサネ上空にのしかかっている雲はきっとこんな質感なんだろう、ダイゴは数えるほどしかない自宅の調度のうちで二番目に大きいソファに身を預けてそんなことを考えた。腰にくくりつけているボールのどれかがカタカタ鳴ったような気がして、確認するより早くそのつるりとした表面を撫でる。ダンバル、エアームド、ココドラ。今肌身離さず育てているのはこの三匹なので、きっと震えたのはココドラだろう。ダイゴはまだ比較的新しいモンスターボールをよしよしと温めるように包んでやりながら、静かに見上げてくる蒼い目を脳裏に浮かべて少しほほ笑んだ。洞窟育ちの臆病な奴だし、まだ水を怖がってしまうのは仕方のないことだろう。たまに家に居ればこれだもんなあ、参っちゃうよね。ざあざあとうるさいくせに窓を見ればなめらかな流水を生み出している未だに止む気配のないスコールに飲まれるくらいの音量で呟くと、ダイゴはそのままぼすんと真横に体を倒した。
「出してあげたら?」
紙を捲るなんともいえない響きが、雨音を縫って落ちてきた。体を仰向けに捻り、ぼんやりと瞼を持ちあげれば視界にはポケモン雑誌の派手な表紙がいっぱいに広がって、にわかに瞳がちかちかとする。掌のモンスターボールはだいぶ温まって、ついでにふたつの指輪も生ぬるい温度を有してしまっている。「別にいいんだよ、中に居たほうがまだ静かだろ」「そうかな、心細いんじゃないか」言いながらまた一枚捲ったらしいミクリは、膝に頭を乗せているダイゴを見やるでもなく片手を空けて、フロスティグレイの髪を無造作に撫でた。湿気のためかいつもより少し柔らかい手触りに薄らと綻んだ唇は、しばらくしてからまた不思議に浮き彫られた声を雑誌越しに降らせた。みぞおちに溜まる雨音の縁を、ミクリの声はちょうどよい波紋を描くようにしてやってくるのだ。雨と、水と相性が良い。愛されている。そういうことが、わけもなく分かってしまう。
「うちの子たちは雷のときなんか、私にくっついて離れないけどね」
「カーテン締め切ってるんだろ?」
「勿論。だってあのピカッてやつ、びっくりするじゃないか」
「今はあんなに元気なのにね」
髪を梳くミクリのしっとりとした指をさらって自らの指と絡めながら、ダイゴは窓際へと意識だけを向けた。外の風景を洗い流す落下水のあちらで、時折りひらひらと舞っているピンク色が見える。それからまさしくステップを踏んでいるらしい明るい緑や黄色、また歌うようになめらかなシルエットを映す、ステンドグラスに似た鮮やかな色合い。高いカルデラに囲まれているルネではあまり遭遇できないスコールにはしゃいでいるミクリのポケモンたちは、少なくとも雷が鳴らない限り、あのまま外でいつまでも飽きずに遊んでいられるのだろう。はしゃぐ鳴き声が聞こえないのが残念だったが、それでも単調な色合いを流水越しに見ているよりはいい。ミクリもそれは同じようで、窓に目をやっては楽しげな息遣いをするのがダイゴには感じ取れた。あの窓を流れる水だって、僕のココドラにはまだ怖い対象なんだよね。内心そうごちながら、しかしカーテンを閉めようとは言わずにただ、ゆっくりと瞬きをしてからダイゴは腰のボールへと気を戻す。すっかり手に落ち着いてしまったボールはダイゴに包まれて安心したのか、もう震えることもないようだった。
「ミクリは、遊ばなくていいの」
ボールから手を離して頭上へ持ち上げ、ミクリとの間に広げられていた雑誌を捉えて引けば案外と簡単にそれはダイゴの手に渡り、雲間を晴らしたように明るいエメラルドが現れた。

ぱちりと瞬き、片手同士を絡めたままダイゴを見下ろしたミクリはかけられた言葉に可笑しそうに笑って、ちらと窓の外を窺った。相変わらずスコールを楽しんでいるラブカス達と戯れてやりたい気持ちもないわけではないが、自分があそこへ行くのはちょっと違うだろうな、と妙に客観的に思ってダイゴへと眼差しを返す。どことなくぼんやりと気の抜けた顔をしている鋼使いのアイスブルーが上向き、雨音に塗り潰された空気にむすりとつまらなそうな感情を連れてミクリを見つめた。それに笑んだまま視線を絡ませると、手持ち無沙汰になってしまった指先で横髪をいじりながら軽く首を傾げて見せる。指がぎゅう、とひときわ強く体温を混ぜた。
「雨よりも、」
ダイゴのほうが好きだからね。