麻幹を手に取ったミクリが、乳白色のつるりとした岩肌にゆっくりと膝をつける。それに合わせて視界をずらしていっても、どこまでも青と白しかない中で、彼は少しもあぶれることなく身を沈ませる。ああ、キミはここで生まれたんだねえ。吐息に乗せてそっと呟いたフヨウに俯いたまま視線を向けて、ふふ、と柔らかく笑ったミクリの髪が小さく揺れた。ルネをかたちづくっている岩とそっくりの色をした、底の広い素焼きの皿に麻幹をかざした彼の隣に同じように膝をつけて、ちょいちょいと手招きをすればヨマワルが飛んでくる。おにびだよ、告げるとこくりと頷いて、ミクリの手元にオレンジの灯りが宿った。
白い煙がまっすぐに高くのぼって、まあるく縁取られた青い空に溶けてゆく。ずっと上のほうから見たルネシティはカルデラそのままの形をしているらしいから、きっと迷わずに降りて来ることができるんだろうな、と思って目を細めた。
自分が生まれ育ち、ポケモンとの絆を育んできたおくりびやまはホウエンを見渡せるくらい高いところで、いつでも霧が巻いていたけれども、それでもときどきまっさらに澄んだ風に包まれながら見下ろす景色は、息が詰まるくらいに綺麗だった。ここに、役目を終えた命がみんな、集まってくるんだよ。いつか祖母がそう話して、穏やかに石碑を撫でていたことを思い出す。ひとつ命が眠るたび、名前を刻んだ白い石の前で火を焚くから、ほとんど毎日のように白くて細い煙があがっていた。でもこんな風に、高く、いつまでも残っていることがなかったのは、あそこが高い山だったからなのだと今さらながらに気がついた。ルネは風があまり吹かない、だからこうして煙が散らないんだ。白い縁取りを越えて、遠くからでも見つけられるように、めざめのほこらの前で炊いた迎え火はひとすじの光みたいに淡くかがやいている。きれいだね、見上げたままで呟くと、ああ、と感嘆を含ませたミクリの声が耳に馴染んだ。
すべてのはじまり、めざめのほこら。この場所で火を焚くことは、すべての命に、帰っておいでと手を伸ばすということ。もちろんこの時期になると、ホウエンのあちこちで白い煙がのぼる。だけど帰る場所をなくしたり、見失ったりした魂も、この白と青のまろやかな円環の中にならば帰ってくることができるから、ずっとこの街ではこうやって、迎え火を焚いているのだという。すべてのふるさと。ミクリは当代の守り人として、魂を迎えるために祠の前に立っている。ホウエンの頂点に立つチャンピオンとしての顔をすっかり忘れたように、穏やかなかんばせで、海に愛されたとしか思えない彩りを纏って、空のあちらから何かが訪れるのを、祈りとともに待ちわびる。
アタシもあと何日かしたら、こんな顔でおくりびやまに立っているのかな。フヨウは髪飾りをそっといじりながらそう考えて、少しだけくすぐったい気分になった。まだ祖父母が現役で守っているけれど、大きな行事にはフヨウも必ず顔を出すようにと言われている。きっといつかは自分があの山と、石碑と、宝玉を守っていくことになるのだろうなと物心ついた頃から思っていたけれど、こうしてルネの迎え火を見ていると、その未来がとても尊いもののように感じた。ホウエンの命を繋ぐ、ふたつの特別な場所。これからずっと、フヨウはこの時期になると心の中で呼びかけるのだろう。おかえり、楽しかったでしょう、ゆっくりおやすみね。郷帰りをしたすべての魂が、迷わず戻ってこられるように、たくさん火を灯して、風に消えても、煙を絶やさずに。そう、海を渡ってこのまあるい懐にやってきたかつての命も、また、安らかな眠りにつけるよう導くのが、おくりびやまを守る者の、連綿と繋いでゆく務めなのだ。
「ありがとうフヨウ、一緒に火を焚いてくれて」
「ううん!アタシが見たいって言ったんだもん」
「私も今度は、おくりびやまに行ってもいいかな」
「もっちろん、きっとおばあちゃん達も喜ぶよー」
ゆるやかな波音が、まるで子守唄みたいに頬を撫でる。煙が途絶えて、いつの間にか目線を下げていたミクリと顔を合わせると、そこにはいつもリーグで見ているのとなにも変わらない笑顔があったから、つられてフヨウもくすくすと笑った。アタシちょっとおめかしするからさ、花飾りとか、ミクリが選んでよ。いいとも、喜んでコーディネートさせていただくよ。下から覗きこむようにして告げてみたお願いにぱちりとウインクをしたミクリは、いつものちょっと芝居がかった仕草で首を傾げて、どこか楽しそうに目を細めた。

















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