メレンゲをかき混ぜている手をじいっと見つめている顔があまりに真剣な色をしているものだから、ちょっと手を休めてデントはくすくすと笑い声をこぼした。柔らかい音が振ってきて意表を突かれたたらしく、間の抜けたふたつの目がぱちぱちと数回瞬いてから上向く。意志の強さを窺わせる眉も一緒に持ちあがったのが、なんとなく可笑しかった。テーブルに両腕を乗せてそこに顎を置いていたポーズをそのままに視線だけを上げるので、ただでさえまだこどもっぽい面差しがさらに幼く見えた。アイリスがするようにからかいを込めてサトシをこどもっぽいと感じることはあまりないけれど、それでも思ったまま口にするときっと彼は拗ねてしまうので、デントはあまりそういうことを言わないようにしている。子どもだろうと可愛く見えようと、サトシがバトルで見せるテイストはそんなあどけなさから一線を画すスパイスに富んだものであることは、デント自身よく知っているのだ。ギャップがあるからこそ、サトシの魅力はさらに磨きがかかるのかもしれない。
「なに笑ってるんだよ、デント」
どうやら笑みが自分に向けられているのだと気がついて、サトシは少しむっとして口を尖らせる。ごめんごめん、あんまり真面目な顔で見てるからさ。眉を下げてそう肩を竦めると、きょとんとしてからそうかな、と本当に気がつかなかったという声が返ってきた。丸めていた背を起こしてうーんと伸びをするサトシの足元を、ちょこちょこと果樹園のポケモンたちが走り抜けていく。その子たちが向かう先には、くるくると宙を楽しそうに飛び回るビクティニの姿がある。愛らしく笑っては鳴き声をあげる様子を遠目に見やって、サトシはどこかほっとしたように笑ったようだった。
「サトシ、行ってきてもいいんだよ?」
「んー、今はいいや」
「どうして?」
「デントのマカロン作りを見てたいから」
にっと歯を見せて笑う様子に少し照れくさくなって、デントはそう、とだけ呟くと手元に視線を戻した。とろりとしたメレンゲは白くなめらかに光を映している。もうそろそろ型に入れてもいい頃合いだろうか、と思案しながら泡立て器をゆっくり動かしてみたものの、やっぱり気にかかってちらと目を向ければ、やっぱりサトシはいつになく真剣な表情で、それこそバトルの時以外にはあまり見ないような眼差しでメレンゲを見ている。普段ならばごはんはまだかと文句を言いつつアイリスと遊びに行ってしまうのに、今日はまたどうしたというのだろうか。なんとなく観察されていると落ち着かない気がして、デントはいまいち集中できないまま作業を続けた。バトルを見られるのは慣れているけれども、料理というと勝手が違う。兄弟たちとサンヨウに居た頃はそれこそひとりひとりがプロとしてキッチンに立っていたから、互いの腕を高め合うためにあれこれと指摘しあうことはあった。だけどサトシの場合は完全にオーディエンスというか、見る側と見られる側に分かれているから不思議な心地なのだ。決して嫌なわけじゃあない、ただなんだか気恥ずかしいというか、それでいて嬉しいような、くすぐったい気分だった。
「すごいよなあ、デントのお菓子って」
「え?」
「だってあのマカロンがあったから、ビクティニとも仲良くなれたしさ」
「それは……ううん、気に入ってもらえたのは嬉しいけど、でもビクティニがサトシと友達になれたのは、やっぱりサトシだったからじゃないかな?」
「俺だったから?」
「そう、サトシは人やポケモンを惹きつける何かがあるんだよ」
「あー、それって最初にデントが言ってたやつ」
「ふふ。そうだよ、僕はサトシに未知の可能性を感じたんだ!」
「はいはーい、俺にはよく分かんないけどなあ」
結局いつものような話になってしまうことに呆れたような笑みを浮かべながら、それにしてもあのマカロン美味かったなあ、とサトシは頬杖をついて呟いた。きっとお腹が空いているときに食べたから余計にそう感じたんだろうな、と我ながらちょっと素直じゃない考察をしてしまうのはあくまでプロ意識からくるもので、美味しいと言われて嬉しいことに変わりはない。ありがとう、と笑いながらボールを持ち上げて、丸い型に丁寧に流し込んでゆく。
しばらくそうしてメレンゲに集中していたデントであったけれども、不意に聞こえたサトシの声に、思いがけず肩を弾ませることになってしまった。
「そうだ、デントの手が綺麗だなって思ったんだ」
「……ええっ?」
頓狂な声をあげてボールを抱え直したデントと目を合わせ、どこかすっきりしたと言わんばかりにサトシが破顔した。いきなり何を言うのかと口を開けたが、なんと返してよいのか分からずに意味もなくぱくぱくとしているばかりで、らしくもなく言葉がうまく出てこない。
「手っていうか手つき?なんかさ、普通の料理の時よりお菓子作ってる時のほうが、優しいよな」
「そ、そうかな……確かにお菓子作りには繊細なテクニックが必要だけど」
「うんうん、だから俺見てたいんだよ!」
顔がじわじわと熱くなるのを感じた。手つきを褒められただけでこんなに嬉しくなってしまうのは、やっぱりサトシだからなのだろうとぼんやりした頭で考えて、デントはかろうじてありがとう、とだけ繰り返して赤くなった頬を緩めた。

それからどうやってオーブンを借りたのかとか、クリームを挟んだのかとか、さっぱり覚えていないけれども気がついたらサトシが嬉しそうにマカロンを食べていたので、まあいいか、とデントはいつまでも落ち着かない胸を抑えながらこっそり息をついたのだった。