じりじり焼ける朽葉色の翅からこぼれ落ちる鱗粉が、白い布地に擦りついてかすかに煌めきながらやがて醜い汚れに成り下がるのを、大谷はじっと見つめていた。薄闇にひたされた室内には衣擦れほどの音しか立たず、そうしている間にばたつく蠢きは小さくなってゆく。二本の指で摘まんだそれは初めこそしきりに逃げ出そうともがいていたが、半分ほどが溶けてしまった今では揺れる蝋燭の炎にただ浮かされるようにじたばたとするばかりで、大きな触角もどこにあるのか判りかねる目も、既に使い物にはなっておらぬようであった。障子をぼんやりと照らす橙の明かりが、ひどく残酷な業火のように窺えて喉の奥がひりつく。儚くまろやかな色だ。およそ剣呑な刃などとは似ても似つかぬ。そうした、あたかも手招きするかのごとく甘やかな揺らぎに誘われた哀れな命が、翅をばたつかせて散らす粉はまるで音無き断末魔のようだった。
まき散らした玉の緒がすべて輝きを失った頃、かすかな振動も伝わらなくなった指先に残ったのはもはや紛れもない朽葉そのものと言っても差支えなく、暫しのうち手の平に乗せて色のないまなこで眺めてからゆっくりと息を吐きだして大谷は腰を上げた。空気の震えで灯火が揺らめく。自由の利かなくなりつつある脚を引き摺り障子を引けば、夜風が流れ込んで傷んだ肌を布越しに撫でた。
「刑部、どうしたんだ」
些か驚きを含んだ声に視線を向ければ、黒い円らな双眸をぱちりとさせて徳川が歩みを止めたところであった。腕には書簡が抱えられている。夜風は体に触るのではなかったか、そう気遣わしげに顰まる眉が煩わしく、指先に眼差しを戻してこびりついた落ちもしない汚れを払いながら桟に背中を預ける。遠くから降る月明かりもゆらり飲み込む闇に埋もれた視界にあって、自らの包帯と、目を背けているにも関わらず染み入るように並び触れる徳川の息遣いだけが輪郭を露わにしている。
同じ空気を吸うている限り、大谷にとって徳川のかたちを捉えるのは容易かった。いずれこの両眼が潰れようとも変わりはしないのだろうという、欲しくもない確信さえあった。かつて遠雷を眺める程度に映していたこの若者が鮮烈さと鋭さを捨てた、そのときからずっと気に食わぬ、怖気の走るほど平らかな陽光まがいの肌触り。肉を焼きもせず腐らせる温み。ぬしが言うか、われを蝕むは宵のそよぎなどではないというのに。囁いてしまえばそのさきから煌めいて腐り散る言葉を飲み込んで、ひひ、と小さく笑って首を竦めた。
「なに……蛾がなあ、飛んで火に入ったのよ」
「……そういえば、少し焦げ臭いな」
「見よや、こんなに汚れてしまった」
やや子のような仕草でひらひら指を動かしたのち、底なしの目縁を細めた大谷は徳川のまだ幼さの残る顔を一瞥して、すぐに目を伏せた。髪を押し上げた、夜なお血色の良さが分かる面差しに、返答を迷っているさまがありありと浮かび上がっている。それがぬしのいけ好かぬところだと、告げればひどく困ったように笑うのであろう。知れているゆえ口は開かぬ。ゆっくりと体を反転させて敷居を跨ぐと、当然のように背に添えられる掌の温かさに腹の底がわなないた。用向きなど外で事足りたはずであったのに、噤むことに気を注いだあまりに徳川を招き入れる結果になってしまった。唸ったところでもう遅い。ずれかけた羽織を壊れものを扱うように大谷に掛けなおし、刑部に無理をさせては何を言われるか分からんからなあ、とおどけた風に笑う若々しい声が、耳の奥でともしびに似た穏やかさで揺れた。
「……暮れてから来るぬしもぬしよ、薄明りでは目に沁みる」
「それは済まなかった。なに急ぎではない、改めるのは明日でもいいんだ」
言うつもりのなかった八つ当たりじみた声色を吸い込んで、非のない陽はそれでもわれを見る。実にすまなそうな目で笑う。大谷は書簡をひとつひとつ手に取りながら、瞼の裏に予見してみた通りの表情を臨んでしまったことを苦々しく思いつつ畳に視線を流した。座り居れ。投げやりになって呟くと、安堵したのか息をついて徳川は眉根を開く。ああこの懐かしびこそ厭わしい。闇を掬いにやってくるともしびなど、如何に逃げおおせたらよいのか、そればかりは皆目見当がつかない。