ふれていたい


春が過ぎ、新緑の芽吹く季節になった。夜風に混じって、草の匂いがする。今日は随分と月が綺麗で、静かな夜だった。

総司は縁側に腰掛け、ぼんやりと夜空を眺めていた。
声を、かけようと思ったけれど、でも物思いに耽っている総司の邪魔をするべきじゃない。そう思って、私はそっと、物陰に身を隠した。

鳥羽伏見の戦に始まる、薩長との政権を巡る戦は、薩長に錦の御旗が上がったことによる諸藩の寝返りや日和見により、旧幕府側は敗戦を喫した。

先に江戸へと逃げ帰ってしまったらしい慶喜公を追い、新選組も海路にて北上。この戦で、井上さんと山崎さんを相次いで喪った。もちろん、彼ら以外にも多くの隊士が命を落とした。薩長の西洋銃の前に、新選組は手も足も出なかったのである。

年末、近藤さんは銃に撃たれた。噂に寄ると、油小路の変で生き延びた御陵衛士の残党の仕業、らしい。その近藤さんも、必死に療養し、やがて戦場に復帰した。

総司もその際に大きな傷を負った。
近藤さんが撃たれたことに逆上し、変若水に手を染め、そして――。銀の銃弾に貫かれた。すべて、南雲薫が仕組んだ罠だったのだ。

総司の悔しさを、苦しみを、私は理解してあげられない。総司の近藤さんへの思いは、私なんかが理解できるほど、軽いものじゃないから。

新選組の剣でありたい。近藤さんの為に、敵を少しでも減らしたい。総司の望みは何時だって一つで。総司の苦しみをわかってあげたい、私にも一緒に背負わせてほしい、そう思っているのに、何も出来ない自分が歯痒かった。




不意に、風が吹いた。
月の光に照らされた総司の横顔が、すごく悲しんでいるように見えて、そのまま消えてしまいそうに見えて、私は思わず総司の背に縋りついた。

「‥名前ちゃん?」

悲しいのは総司の筈なのに、辛いのは総司の筈なのに、私の目からは大粒の涙が溢れた。喉がひくついて、うまく声が出ない。少しでも、総司が此処にいるんだ、という証拠がほしくて、彼の夜着をつかんだ手に力を込めた。

「‥泣いてるの?」

総司はただぼんやりと空を眺めて、ぽつりと呟く。彼の背に額を寄せれば、そこから伝わってくるのは確かなぬくもり。

「そ‥うじ‥」
「ん?」

なあに、と返す彼に、どう言っていいのかわからなかったけれど、私はたどたどしく言葉を紡ぐ。

「わ、たしが‥いるから‥」
「うん」
「総司が‥ど、んな場所、にいても、私、だけは‥」

「ずっと、傍にいるから‥」

総司は私がゆっくりと繋ぐ言葉を、黙って聞いてくれてた。そして。

「名前ちゃん、こっちおいで」

そっと私を呼び寄せて、その腕の中に包んでくれた。ぎゅっと包んでくれるその腕の強さと、あたたかさがすごく心地いい。

「‥総司?」
「‥ありがとう」

総司に抱きしめられてるから、彼がどんな顔をしているかわからないけれど。でも。いつもの飄々とした口調とは違う、少し掠れた声が、彼の胸の内を少しだけさらけ出してくれたように思えた。

彼の苦しみはわからない。けど、僅かでも彼を支えてあげられたら、と思う。少しでも総司の傍にいたくて、彼の胸元を握りしめ、鼻先を寄せた。


ふれていたい


(あなたの心に)
(あなたのぬくもりに)




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昨日5/30は沖田さんの命日らしいので。
40分ほど間に合わなかった‥orz

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