その事に気付き始めたのは、彼と付き合って約半年の頃だった。仕事から帰る途中、見ず知らずの男三人に車へと連れ込まれそうになった時、たまたま通り掛かったらしい静雄が助けてくれた。その時、男達は「こんな筈じゃ無かった」とか「話しが違う」とか、よく解らない事を言いながら逃げて行ったのを今でも良く覚えている。その事を知ったのは、彼と付き合って約一年が経った頃だった。彼は私と会う度にわざわざ池袋へと足を延ばす様になり、その度に静雄と遭遇、乱闘という流れがもはや当たり前の様になりつつあったので、思いきって彼に尋ねてみたところ、その口からはっきりと告げられてしまった。
 
「君に付き合ってるのは、全部シズちゃんへの当て付けの為だよ」
 
かくして、私は静雄が約一年半以上もの間、私に想いを寄せてくれていたという事を知った。
 
 
 
「…私、静雄の事を好きになれたら良かったのにね」
 
冷たいアスファルトの上で仰向けになったまま零したその声は、今や静まり返ったこの廃工場の中で思ったよりもよく通った。その証拠に、視界の端に映った静雄が息を飲む。こちらを直視する事が出来ないのか、サングラスの外された彼の瞳は先程から所在なさげに彷徨い続けている。気だるい身体を起こした頃、肩にすっかり埃っぽくなってしまった上着が掛けられた。お気に入りだったそれを、もう着る事は無いだろう。
 
「悪、かった…」
「どうして静雄が謝るの?あの人達、どうせまた臨也が差し向けたんでしょ?」
 
名前を口にした途端、静雄が歯を食い縛るのが解った。必死に何かを耐えているのか、指が食い込んでしまうのではないかというくらいに拳が強く握られている。尋常ではない頑丈さを誇る静雄だが、同じく尋常ではないその力なら傷付ける事も容易いのだろうか…まるで、矛盾という言葉の由来となった故事のようだと思った。
 
「…こんな真似されてまで、まだ、アイツの所に居るつもりなのか」
 
静雄の声は、どこか苦しげだった。私は困ったように笑う。
 
「全部あげるって、言っちゃったから」
 
どうしようもなく惹かれて、焦がれて、彼の為ならば死すら厭わないと思ったあの頃の私が、ありったけの勇気を振り絞ってその想いを彼に伝えた時、交した約束。今では、彼と私を繋ぐ唯一にして絶対の存在。
 
「そんなのただの口約束じゃねぇか…ッ!」
「そう、だけど、私にはそれが全てなの。彼の傍に居る為に、必要な事なの」
 
たとえ愛情も、同情すら向けられなかったとしても、それでも私は彼の事が好きだった。ただ傍に居られるだけで良かった、時折触れる事で出来れば満たされていた。その後、足を捻り歩く事さえままならない私を、静雄は背負って家まで送ってくれた。大きくて暖かい背に揺られながら、どうしてこの人はこんなにも優しいのだろう、どうしてこの人は私なんかの事を好きで居てくれるのだろうと考える。それはきっと私が彼を好きなのと同じなのだと思う。
 
「…いつか必ず、お前がアイツにやっちまったものを、全部取り返してやるから」
 
まどろむ意識の中で、そんな言葉を聞いた気がした。
 
 
 
「君は今日からシズちゃんのモノになってあげてよ」
 
数日後。久々に会った彼の口からはそんな言葉が飛び出て来た。咄嗟にその意味を理解する事が出来ず、困惑する。
 
「シズちゃんの気持ちは知ってるよね?君の方から歩み寄れば拒むなんて真似はしないだろうから、安心して良いよ。それからこれも解ってるだろうけど、シズちゃんは俺の事を毛嫌いしてくれてるから、シズちゃんのモノになる君は、もう俺の為にその声を響かせる事も、その瞳に俺を移す事も、その手で俺に触れる事もしない方が良いと思うな」
「そ、んな」
「あぁ、勘違いしないでね。別に俺は君を離すつもりはないし、シズちゃんを喜ばせてやろうってつもりでこんな事を言ってる訳じゃないから。君は俺に、君の全てをくれるって言ったよね?俺はソレを、さらにシズちゃんへ譲ってやるだけだよ。…ただ一つを除いて、ね」
 
彼の声が、甘く甘く私の中へと入り込んでくる。酷く優しい手付きで彼が私の頬に手を添えるものだから、私は彼に愛でられているような錯覚を起こしてしまう。それがどれほど残酷なものかも理解しているはずなのに、溢れ出る涙が悲しみから来るものなのか喜びから来るものなのかすら、もう解らない。
 
「その心は、俺の元に残して置いて。それだけはずっと、俺のモノだよ」
 
伏せた目から零れ落ちた滴は彼の指に拭われ、落ちる事は無かった。
 
 






 
(優しい彼の隣で、今日も私は笑顔になる)(胸にぽっかりと穴を開けたまま、)
 

Thank you! title by ヨルグのために
 
 
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