* 微裏、暴力表現

 
 
 
 
「すみません、でし、た…」
 
ベッドの隅に膝をついて項垂れるエレンの声は今にも泣き出しそうなほど震えていた。その顔は真っ青で、目元には涙が浮かんでいる。毛布で胸元を隠しながら気怠い上体を起こした私は、首を傾げて問う。
 
「なにが?」
「俺、中で…出しちゃっ、て…」
 
ああ、そんな事か。そんな思いが表情に出てしまわないように気を付けながら、私はエレンの方へと這い寄る。急に焦り出すので何事かと思ったが、勢いに任せてしてしまったものの、冷静になって事の重大さに気付いたとか、まあそんなところらしい。
 
「良いんだよ、エレンは気にしなくても。私が良いって言ったんだもん」
「でも、もし、ナマエさんが妊娠でもしたら…っ」
「その時は、エレンが責任持って貰ってくれる?」
「え!?いや、あの、それは勿論喜んでというか…でも、今俺、こんな状態ですし、ナマエさんを妊娠させて隊から外さなくちゃいけないような事になったら、リヴァイ兵長になんて言われるか…」
「確かに、リヴァイにばれたら殺されちゃうかもね、私達」
 
さっと血の気が引いたかのように青を通し越して顔面蒼白になってしまったエレン。そんなにリヴァイの事が怖いのだろうか。審議所での事がトラウマになっているのかも知れない。可愛そうに。私はすっかり冷たくなってしまったエレンの頬にそっと手を当てる。
 
「でも、あいつが何を言おうが関係ない。私はエレンの事が好きなんだもの、エレンの好きにして良いの…、ね?」
 
涙の浮かぶ目元にそっと口付けを落としながら、もう片方の手をゆっくりとエレンの下腹部に這わせる。すっかり萎縮してしまっていたそこに刺激を与えれば意思に反してすぐに元気を取り戻す。
 
「っあ……ナマエ、さん…っ」
 
顔を真っ赤にしたエレンが切なげな声を発した時、私の身体は再びベッドへと倒れ込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「てめぇ、どういうつもりだ」
 
私を見下ろすリヴァイの声を頭上で聞きながら、今しがた蹴られた腹部を押さえて苦痛に耐えた。胃の内容物が逆流しないよう必死に押し留めようとする私の髪を掴み上げて、片膝をついたリヴァイと無理矢理に視線を合わせられる。
 
「答えろ」
「…ただのつまみ食い、よ」
 
聞かれたので答えてやったら横っ面を殴られた。平手で無く拳であるあたり、つくづくこの男は遠慮や手加減というものを知らない奴だと思う。頬の肉が歯に当たって切れ、口の中に鉄の味が広がった。それでも私は笑顔を崩さずに、リヴァイの目を真っ直ぐに見詰め返す。
 
「人類最強ともあろうお方が、妬いてるの?」
 
その言葉を言い終えるか終えないかといううちに、私は突き飛ばされて再び床に蹲っていた。その腹へとさらに幾度と無くリヴァイのブーツの爪先が食い込む。耐え切れなくなった口から昼に食べたスープが形を残したまま零れ出すと、それを見たリヴァイが酷く不快そうな顔を浮かべた。
 
「汚ねぇな」
 
それは吐いた物に対して言ったのか、それとも私に対してか。恐らくは後者だろう。だって私を見るリヴァイの目は腐ったゴミを見るような嫌悪感に溢れていたから。私が、そんな彼の侮蔑に満ちた目を憎からず想っている事を、リヴァイは知らない。ああ、笑ってしまう。
 
「…アバズレが」
 
肩を強く蹴られ仰向けに床を転がった私の上に、リヴァイが覆い被さるようにして言った。こんな女を抱くあなたも大概のものだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
口の中の傷を舌で確認しながら、私は顔を顰めて本部の廊下を歩いて行く。今回はまた手酷くやられたなと、未だに血の味がするそこを強く押す。顔の方もだいぶ醜い事になっているだろう。これでエレンに嫌われでもしたらどうしてくれようか。傷つき怯えた犬のように、愛らしく従順なエレン。大きな瞳に涙を浮かべて必死に縋るあの顔を思い出しただけで、背筋がぞくぞくと粟立った。
 
「あの…っ、大丈夫、ッスか?」
 
私が邪な妄想に耽っている最中、見知らぬ相手からすれ違いざまに声を掛けられた。何の事かと振り返れば、目が合った彼は小さく体を揺らす。そんなに酷い事になっているのだろうか、今の私の顔は。
 
「ええ、大丈夫…ごめんなさい、こんな顔でうろうろして…」
「い、いや、それは良いんスけど…、…良かったら、これ」
 
彼が差し出したのは、真新しいハンカチだった。皺一つないその布はリヴァイを彷彿とさせる。彼の服も部屋もベッドのシーツも、いつも清潔で汚れ一つ見当たらない。皆は口々にリヴァイの事を潔癖症だというが、私はそうは思わない。リヴァイは、綺麗な物を自らの手で汚したいだけなのだと思う。
 
「…ありがとう。…この前入った、新人さん、だったっけ?」
「は、はい。ジャン・キルシュタインです!」
 
彼、ジャンくんが左胸に手を当てて敬礼の姿勢を取ったので、受け取ったハンカチで口元の血を拭いながら、もう一方の手で畏まらなくて良いと言って笑ってみせる。この様子だと彼の方は私の階級を理解しているようだ。多少険のある顔付きだが、悪くない。通りすがりの私を気にかけ、声をかけた様子からも、どうやらそこそこの善人であるらしい。それに。
 
「その…どうしたんスか、その怪我…」
「…、…付き合ってる人が…暴力を、振るうようになって…」
 
目を伏せ、呟くように口にした私の言葉を鵜呑みにしたらしいジャンくんが、驚きに息を飲んだのが分かった。彼の拳が固く握られるのを視界の端に捉えながら、あくまでも傷付けられた女を演じる。
 
「どうして別れないんスか…?」
「そんな事言ったら、きっともっと酷い事をされる…」
「だ、だったら、上司とかに相談してみるとか…!」
「こんな話をして、和を乱す事は出来ないもの…それに、個人的な問題、だから…」
 
力無い笑みを浮かべて見せると、ジャンくんは悔しげな表情を浮かべた。それを確認した私は俯いて、彼の震える拳の袖をそっと掴みながら、ほんの少しだけ身を寄せ囁く。
 
「ありがとう、ジャンくん。あなたが気に掛けてくれて、とても嬉しかった。こんな事、誰にも相談出来なかったから…」
「でも、俺は何の力にも…」
「ううん、そんな事ない。ジャンくんのお蔭で、私、もう少しだけ頑張れる気がするもの。…ただ、良ければまた、話を聞いてくれないかな…?」
 
目に薄らと涙が滲むのを感じてから、そっとジャンくんを見上げる。彼の瞳が僅かに揺れたのを、その時私は確かに見ていた。
 
 
 
チューベローズ
 
― 危険な楽しみ ―
 
 

104期生の青田買い
 
131024
 
 
BACK
 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -