次の場所に向かおうと、私達は広場を通り抜け、田畑の間を歩いて行く。風が吹く度に稲穂がさわさわと揺れ、金色に波打つ光景がとても美しい。思わず綺麗だと呟けば、コマチちゃんとオカラちゃんはカンナ村自慢の米だからと嬉しそうに語ってくれた。川にかかる小さな橋を渡る頃、下流の方に向かってカンベエさんとゴロベエさんが歩いて行くのが見えた。その方向に何があるのかと問えば、深く流れの激しい滝があるとコマチちゃんが教えてくれる。恐らくは村の地形を把握する為に要所を見て廻っているのだろうと、私はもう一度その背を見やってから、前へと向き直った。
田畑が終わり、林を抜けた先は、村を取り囲む崖沿いの道だった。そこではシチロージさんの指揮の下、村の男の人達が木材を運んでいた。私達はシチロージさんの元へと歩み寄る。
 
「ご苦労様です」
「おう。嬢ちゃん達もカンベエ様に見回りを仰せつかったのかい?」
「オラ達はナマエちゃんを案内してるです」
「姉ちゃんやる事ねぇみてーだからさ」
 
しししと笑うオカラちゃんの言葉に何も言う事が出来ず、私は情けない笑みを浮かべた。改めて周囲を見やりながら、シチロージさんに尋ねる。
 
「これは、何をしているんですか?」
「守りを固めてるのさ」
「守りですか?」
 
コマチちゃんがさらに疑問符を投げかける。
 
「カンベエ様はカンナ村を丸ごと城にしちまうおつもりさ」
「ここがお城になんのか?」
「難攻不落さね」
 
オカラちゃんの問い掛けにも、シチロージさんはどこか得意げに答える。よく見ると、崖の縁に落石の罠として使うらしき大きな岩を設置している姿があった。崖下からの襲撃に備え、地の利を活かした防御策を施していると、そういう事なのだろう。具体的な指示があった訳でも無いのにここまでの準備を進めている辺り、カンベエさんがシチロージさんを古女房と呼ぶだけ事はあると感じさせる。
 
「問題は空か…」
 
横でシチロージさんが呟くのが聞こえ、私は視線をそちらへと戻した。未だ不思議そうに辺りを眺めているコマチちゃんとオカラちゃんの目線に合わせるように、シチロージさんは腰を落として尋ねる。
 
「可愛子ちゃん、この村どっかに武器を仕舞い込んでませんかね」
 
それはどちらかと言うとオカラちゃんの方へと向けられた言葉の様だった。オカラちゃんはと言えば、少しの間シチロージさんの事を見詰めた後、顔を逸らしながら「あるけど使えねーよ」とぶっきらぼうに答える。その頬が僅かに赤く染まっているように見えるのは、気のせいだろうか?シチロージさんに案内を頼まれ、私達はその武器があるという場所へと向かった。やがて薄暗い森の中に、一際黒々としたおよそ自然の物とは思えない固まりが見えて来る。
 
「ほう、ありゃ斬艦刀(ざんかんとう)か」
「あれって、雷電型の野伏せりが持ってた、刀…?」
「えぇ。斬艦刀…それ単体でも人が乗る事によって突撃艦として使える、雷電達の刀でさぁ。こいつは随分旧式のモンみたいですがね」
 
そういうとシチロージさんは前へと出て、地面に突き刺さっているその斬艦刀と呼ばれる物の状態を調べ始めた。ここから見てもすでに朽ちかけている事の解るそれは、もう本来の機能を有しているとは到底思えず、思わず私は傍らに立つコマチちゃんを見る。
 
「これ、一体いつからここにあったの?」
「おら達が生まれる前からあるです」
「壊れてるべ」
 
オカラちゃんがシチロージさんに向かって声をかけると、シチロージさんは乗っていた斬艦刀から軽やかに飛び降りこちらへと戻って来た。そしてにこやかに言う。
 
「大手柄でげすよ、可愛子ちゃん」
「つ、使えるんですか?」
「斬艦刀そのものとしては無理でも、金属は加工する事でさまざまな物に使えますからね」
「なるほど…」
 
驚く私にシチロージさんが説明してくれる。コマチちゃんが得意げにオカラちゃんの笑い方を真似て見せるも、当のオカラちゃんは澄まし顔でそっぽを向いていた。
 
「ところでちょいと頼みがあるんですがね。ひとっ走り行って、ヘイさんを呼んで来ちゃくれませんか?」
「ヘイハチさん、ですか?」
「武器の調達はヘイさんの担当ですし、元工兵の知恵を活かしてコイツの良い使い道も考えてくれるでしょう」
「解りました、行ってきます」
「ヘイハチさんなら確かあっちです!」
 
駆け出すコマチちゃん達に続いて、私も慌てて走り出す。後ろでシチロージさんが「転ばないよう気を付けるんでげすよ」と笑う声が聞こえた。広場の方とはまた違う、林に面した民家の集まる場所へとやって来た私達は、程無く村のお婆さん達と一緒に何やら作業をしているヘイハチさんを見つけ、声を掛けた。
 
「ヘイハチさん」
「おや、ナマエさんじゃ無いですか。それにお嬢ちゃん達まで」
「モモタロウが呼んでるです」
「古い斬艦刀を見つけたので、使い道を相談したいそうです」
 
そうですか、とヘイハチさんが作業の手を止めた所で、突然私達の後ろからガシャガシャという音が聞こえたかと思うと、キクチヨさんが姿を現した。
 
「何だ何だ、何の話しだ?」
「キクチヨさん!今まで何処に居たんですか?」
「おう、ちょいと村の奴らに竹槍の稽古をつけてやってたのよ」
 
竹槍で野伏せりの装甲が貫けるのだろうか?そんな疑問が頭を過ったが、思えば極普通の刀で斬れてしまう程なのだから、案外野伏せりの機体というのは脆い物なのかも知れないと考えた所で、紅が小さく馬鹿かと呟いた。
 
≪んな訳ねぇだろうが。サムライってのは、集中力を高める事で刃に超高速の振動を発生させて、それにより強固な装甲も斬る事が出来んだよ≫
 
成程…とその言葉に納得しながらも、小馬鹿にしたようなその声音に僅かばかりの不満を感じている間に、キクチヨさん達は話しを元に戻していた。
 
「で、機械の事だってんなら俺様に任せろ」
「アンタは呼ばれてねーよ」
 
意気揚々と身を乗り出すキクチヨさんに、オカラちゃんの冷たい一言が飛ぶ。うぅ、と言葉に詰まり呻くキクチヨさんに、私は慌てて声を掛けた。
 
「で、でも、凄く大きかったから、あれを動かすのにはかなり力がいるんじゃないかな。きっと、キクチヨさんも来てくれたら、頼りになると思います」
「そ、そうだろそうだろ!?なんたって俺様が居れば百人力だからな!」
 
喜んでくれたのは良かったものの、言いながらキクチヨさんが私の背を叩くものだから、思わずつんのめる様にして小屋の中へと倒れ込んでしまった。幸い、すでにこちらへと向かっていたヘイハチさんがそこに立ってくれていたお陰で何とか転ばずには済んだが。
 
「おぉっと」
「ご、ごめんなさい…っ」
「なんだよ、こんくらいで吹っ飛んじまって大丈夫なのか?細っこい体してるしよぉ、ちゃんと食ってんのか?」
「キクチヨ、お前の力が強過ぎるのではないか?解っているのならもう少し手加減をしてやれ」
「俺様のせいかよ」
 
おろおろとしている私を余所に、キクチヨさんとヘイハチさんは冗談交じりに話しを進めて行く。取り敢えず、私はヘイハチさんの腕の中からそっと身を離した。それに気付いたヘイハチさんがこちらへと顔を向ける。
 
「そういえば、ナマエさんは何の仕事を頼まれたんです?」
「あ、いえ。私は必要に応じて、皆さんのお手伝いをするようにとだけ」
「なら今は手が空いていると?」
「えぇ」
「それは良かった。じゃあ私が戻るまでの間、ここをお願いしても宜しいですか?なに、皆が話しに夢中にならないよう見ていて下さるだけで構いませんから」
「え?えっと、わ、解りました」
 
一度作業場となっている家の中を見てから、ヘイハチさんに向かって頷く。ではお願いしますと言って、ヘイハチさんとキクチヨさんはコマチちゃんとオカラちゃんに連れられ、シチロージさんが待つ先程の場所へと向かって行った。見送りも程々に、私は家の中へと向き直る。さっきまでヘイハチさんが進めていた作業はそのままの状態でその場に残されていたが、何をすれば良いのか私にはさっぱり解らない。かといって言われた通りただ見ているだけというのも申し訳無いので、私はその場に腰を落として近くに居たお婆さんに声を掛けた。
 
「あの、私にも何かお手伝い出来る事はありませんか?」
「おやまぁこりゃめんこい娘さんだこと、あんたもおサムライ様かい?」
「あ…、…はい、一応は…」
「婿は居るだか?」
「いえ…、え?」
「ウチにも息子が居るんだが、まんだ嫁っ子がおらんでなぁ」
「おサムライ様が農民の嫁になるなんて、やっぱす無理な話しだべか?」
「い、いえ、あの、私は…っ」
 
そんな細腕で刀を振るい野伏せりと戦するなんて大変だろう、嫁に行った方が楽になるんじゃないか、ウチの息子と一度会ってみてはくれないか。そんな話しが後から後から出て来て、もうどうして良いやら解らず、堪らず私は足元にあった麻らしきものを掴むと「こ、これで縄を編めば良いんですね!」と言って傍らのお婆さんがやっていたのと同じ事を見よう見真似てやり始めた。次第にお婆さん達がそこはこう、ここはこうという風に教えてくれて、気付けば私は一緒になって黙々と作業を進めていた。それから暫くして戻って来たヘイハチさんは、その光景に少しばかり目を丸くしたようだった。
 
「手伝って下さったんですか」
「あ、はい。ただ待っているのも忍びなくて」
「助かります」
「それで、あの斬艦刀は使えそうでしたか?」
「えぇ。今はカンベエ殿やゴロベエ殿も合流して、検討を進めている所です」
「そうですか、良かった」
「私は暫くそちらの方に掛かり切りになると思うので、ここの事は皆さんにお願いしますよ」
 
会話の途中で、ヘイハチさんはお婆さん達の方を見て言った。改めて私の方へ向き直ると、後はもう大丈夫だからと告げられてしまう。やる事が無くなってしまうと戸惑う私に、他にも手伝いを必要としている人は沢山いるからとヘイハチさんは微笑んだ。
 
「それに、いつまでもその着物のままと言う訳にも行かぬでしょう?」
「あ…っ」
 
言われて自分の身体に目を落とし、キララさんに借りた服のままだった事を思い出す。朝に洗濯をして、今は夕方。もう既に乾いている頃だろう。ヘイハチさんにお礼を言って、私は昨日泊まらせて貰った水分りの家と呼ばれるキララさん達の住む家へ向かう。その途中の事だった。
 
「ナマエさん…!」
 
切羽詰まった様な声で呼ばれ、驚いてそちらの方へと顔を向けると、家の方から険しい表情をした三人がこちらにやって来るところだった。
 
「キララさん、カツシロウさん。それに…シノさん、ですよね」
「なすて、おらの名前…」
「キクチヨさんが広場で騒いでいた時、肩に担がれていた貴女がそう呼ばれていたので…どうかしたんですか?」
 
ただならぬ様子を感じ、不安な思いでキララさんの方を見る。キララさんは一瞬口籠ったようだったが、すぐに事情を説明してくれた。シノさんの家は、私達が村に入る際に大八車に隠れて渡ったあの橋の向こう側にあるらしい。しかし野伏せりと戦うにあたり、村の守りを固める為に橋向こうの家々は切り捨てなければならないと、カンベエさん達が話しているのを聞いてしまったシノさんのお父さん、マンゾウさんは、今宵戌の刻に北の崖で野伏せりと密通し、私達の事を全て話すつもりなのだという。何とかそれを食い止めたいが、カンベエさん達に知られてはマンゾウさんの身が危うくなるかも知れない、だからキララさんとカツシロウさんだけで何とかしようと、これからそこへ向かおうとしていたという訳だ。そこまでの話しを聞き終えると、私も緊張で自分の身が硬くなっているのを感じた。
 
「ナマエさん…どうか、一緒に来ては頂けないでしょうか」
 
キララさんの言葉に、私は迷う。やはりカンベエさんに伝えるべきだという思いと、お父さんの身を案ずるシノさんの気持ちの狭間で揺れ動き…そして、私は黙って頷いた。
 
 
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