組分けの結果、私はリキチさんを案内役としたゴロベエさん、ヘイハチさんの組に同行する事となった。
 
「よろしくお願いします」
「おぉ、某共の組だけ男ばかりになるのではないかと思って居ったところだ」
「大歓迎ですよ」
「こちらこそ、宜しくおねげぇしますだ」
 
三人はそう言って快く受け入れてくれる。こうして、私達四人は比較的歩きやすい街道を行く事になった。
暫くは何事も無く進んでいたのだが、短い休憩を挟んだ際の事。近くを通りかかった商人から、ゴロベエさんが突然何かを買って来る。見ればそれは赤を基調とした法被数枚と頭巾が数点、同じような柄をしたのぼり旗の付いた、背負う木箱…笈(おい)が二箱だった。私達は互いに不思議そうな顔を見合せた後、ゴロベエさんに尋ねる。
 
「ゴロベエ殿、これで何をなさるおつもりで?」
「話しは後だ。一先ず、各々好きな物を身につけるが良い」
「へ、へぇ…」
 
釈然としないまま、私も手近にあった法被を受け取り着物の上から羽織る。頭巾はヘイハチさんとゴロベエさんが身につけ、笈はヘイハチさんとリキチさんが背負う形となった。そうこうしている間にさっさと歩き出してしまったゴロベエさんに、私達も慌てて付いて行く。
 
「ゴ、ゴロベエさん…あの、一体これに何の意味があるんですか…?」
「よくぞ聞いてくれた!木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中。隠密道中なればこそ、敢えて日の当たる道を行くものだ」
「成程。…とはいえ、この形は少しばかり目立ち過ぎじゃありませんか?」
「落ちつかねぇなぁ…」
 
少しばかり後ろを歩くリキチさんがぼそぼそと漏らす。確かに、と苦笑する私に対しても、ゴロベエさんは振り向きながら「照れるでない」と言って笑った。そして、前へと向き直りながら言葉を続ける。
 
「良いか?どこぞの者に尋ねられたら、我ら陽気な旅一座でございまーす!そう答えるんだぞ」
「え、えぇっ?」
「だどもおら、米作る事しか知らないけぇ。手前で芸なんてぇ…」
「わ、私も、やった事無いですよ…!」
「良い良い。そうだなぁ…リキチ、お前の芸名は鍬使いの達人マグソコエダユウ。よぉし決まり!」
「では私は薪割りの達人、ホホエミノスケで参るとしましょう」
 
ついにはヘイハチさんまで、ゴロベエさんの調子に合わせてそんな事を言い出す。朗らかな笑い声を上げる二人の後ろで私達はやや気押される様にして歩いていたが、やがてリキチさんはその歩みを完全に止めてしまった。私と、それに気付いたヘイハチさんも足を止めてリキチさんの方を振り返る。
 
「笑ってる場合じゃねぇだよ…」
 
暗い表情で俯くリキチさんから、ぽつりと呟きの声が漏れた。ホノカさんの一件もあり、村に危険が迫っていると解った今、リキチさんの心情が穏やかで無い事は私にも何となく察しが付いていた為、何も言えなくなってしまう。けれどヘイハチさんはそんな事を気に止めた様子も無く、
 
「辛い時ゆえ敢えて笑う。そういうお人です、ゴロベエ殿は」
 
そう言って、また歩き始めた。私はそれでもまだ動けずに居るリキチさんの元に寄って、その腕にそっと自分の手を添える。
 
「ここで幾ら悩んだ所で、事態は何も変わりません。今は村の無事を祈って、先へ進みましょう…?」
 
ヘイハチさんに習って、私も出来る限り笑みを浮かべて言う。リキチさんは渋々といった様子ながらも、再び歩みを再開した。少し前方で、僅かに速度をゆるめて待っていてくれたらしい二人に合流すると、また四人で進み始める。ある程度進んだ所で、ヘイハチさんが思い出したように声を上げた。
 
「そういえば、ナマエさんの芸名はどうします?」
「えっ!?」
「おぉ!某とした事が、すっかり抜けてしまって居ったわ」
「あ、あの!私は…っ」
 
乗り気な様子のゴロベエさんに、私は慌てて二人の後ろから声を割り込ませるも、「私達一座の紅一点ですからねぇ、やはりそれなりの名で無いと」「肩書きは剣舞の達人でどうだ?」と、一向に取り合っては貰えない。マグソコエダユウ、ホホエミノスケに並んでどんな名前が付けられるのかと、内心冷や汗すらかきそうになってしまうというのは、流石に失礼だろうからと口にはしなかったけれど…。
 
「時にナマエ。お主、何か特技の一つでも覚えて居らんのか?」
「と、特技、ですか?」
「記憶を失ったとはいえ、身体に染みついた技くらいは思い出せそうな気もするんですが」
 
そう言われて、何か出来そうな事は無いかと必死に記憶を辿ってみる。けれど芸事になりそうな事を自分がしていたというような記憶も、それに身体が反応を示す様な事も、残念ながら何も無いようだった。
 
「その…ごめんなさい…」
「あぁいや、別に謝る事ではありませんよ」
「そうだなぁ、では当一座の花形、歌読みの達人タカオダユウで如何かな?」
「は、花形なんてそんな…っ、私、歌読みの才能なんか無いですし…」
「タカオダユウと言えば、あの有名なヨシワラで最高位の遊女だけが名乗る事を許されたという伝説の」
「なに、少しばかり大袈裟な方が箔も付こう。所詮小さな旅一座の事、誰も本気だとは思うまい」
「でも…」
 
幾らなんでも持ち上げ過ぎだと言おうとした所で、まぁまぁと言ってゴロベエさんに肩を叩かれる。結局それ以上は何も言えないまま、私達一行…陽気な旅の一座は順調に街道を進んで行った。
やがて小さな街へとやって来た私達は、そこで開かれていた水芸を見てその歩みを止めた。舞台の上に立てられた細い一本の棒の上で、天女の様な格好をした女性が両手の扇子から筋状の水を出し、美しい軌跡を描きながらその場で緩やかに回り始める。やがて後ろ向きに止まった女性は思い切り背を逸らし、逆さまになった顔の目元や鼻からさらに水を出して見せ、終いにはその口から鶏の様な鳥が数羽飛び出して来た。空へと飛び立った鳥が空中で花火の様に弾けて消え去ると、集まっていた観衆からはおぉーという歓声が上がる。
 
「いやいやお見事」
「不思議な仕掛けですねぇ」
「どうなっているのか全然解りませんでした」
 
拍手を送りながら、ゴロベエさんやヘイハチさん同様、私も感嘆の声を漏らす。リキチさんは目の前で起こった不思議な光景を見て呆気に取られている様子だった。しかしそこへ、聞き覚えのある機械音が響く。音の方へと目をやると、二機の鋼筒がこちらへと近付いて来る所だった。私達は咄嗟に観衆の中へと身を隠し、こっそりとその場を後にする。人だかりを抜けた物陰で一息つきながら、これからの事を考える為、互いに顔を見合わせた。
 
「さっきのは野伏せりは、やっぱり私達を探していたんでしょうか…」
「うむ、恐らくは間違いないだろう」
「もうあんな近ぇとこまで…これからどうすんべか?」
「私達の人相は敵に割れている可能性があります、このまま進むのは危険かも知れませんね」
 
ヘイハチさんの言葉に、私とリキチさんが顔を落とし掛けた時。ゴロベエさんが笑みを浮かべて言った。
 
「なに、心配はいらん。某に良い考えがある」
 
これにはヘイハチさんも虚を突かれたのか、三人でゴロベエさんの顔を見やった。ゴロベエさんはここで待っている様にと言って、先程まで舞台で芸を披露していた女性ばかりの一座の方へと歩いて行く。そこで何やら話しをしている様子だったが、ここからではその内容まで伺う事は出来なかった。一体どうするつもりだろうかと疑問符を浮かべながらその背を見詰めていた所で、不意にゴロベエさんが振り向き、手招きをして私達を呼ぶ。そして先程話し込んでいた芸人の女性に続き、小屋の中へと入って行ってしまった。
 
「ゴロベエさん、今度は何をするつもりなんでしょうか…」
「さぁ、私には皆目見当もつきませんねぇ」
 
慌ててその後を追いながらヘイハチさんに尋ねてみても、ヘイハチさんは困った様な笑みを浮かべながら肩を竦めるだけだったが、
 
「ですが、ここはゴロベエ殿の策に任せるとしましょう」
 
他に手がある訳でも無いのだからと、どこか楽しそうな声で続けたヘイハチさんの言葉に、私とリキチさんは戸惑いながらも頷いて見せるのだった。
 
 
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