「見て下さい、臨也さん」
「紫陽花の花だね、もう咲き始めてるんだ」
「雨ばかりの梅雨も、紫陽花を見ると少しだけ晴れやかな気分になります」
「そうだね」
「私、紫陽花って結構好きなんですよ」
「へぇ。俺も、嫌いじゃないよ」
「これ、お部屋に飾っても良いですか?」
「うん、良いんじゃないかな」
「花瓶お借りしますね」
 
何処か楽しそうに紫陽花を活けに行く彼女の背を見送った後、パソコンのキーを叩く。戻ってきた彼女がそれを何処に置こうか悩む姿を暫し眺めてから、俺は緩く口元に弧を描いた。
 
「君は、紫陽花が何の花って言われてるか知ってる?」
「花言葉の事、ですか?」
「ちょっと違うかな」
「どちらにしても知らないです、どういう意味があるんですか?」
「…子孫繁栄。紫陽花って幾つもの花が纏まって咲くよね?昔の人はその様子を見て、子供が沢山生まれそうだと思ったのかも知れないよ。ほら、六月の花嫁は縁起が良いって言うしさ、贈り物の花として丁度良かったんじゃないかな」
 
勿論、そんなのは俺が今考えた出任せ。真っ赤な嘘。けれど彼女がそうした話しに詳しいなんて事は聞いた事も無いし、俺の話しを疑う理由も無い。そうなんですか、と答えた彼女の表情に一見して変化は見られなかったが、花の置き場所に悩んでいた様子が一変して突然キッチンの方へと向かったかと思うと、花瓶に挿したばかりの紫陽花を抜き取り、その花を無造作に毟ってはゴミ箱の中へと捨て始めた。やがて花が全て毟り取られ茎だけが残ると、それすらも叩きつけるようにして捨ててしまい、汚れてしまった手をシンクで念入りに洗い始める。席を立ち、彼女の近くへ行って、その一部始終を眺めていた俺は、頃合いを見計らって尋ねてみた。
 
「部屋に飾るんじゃなかったの?」
「気が変わりました」
「紫陽花、好きだって言って無かったっけ?」
「たった今嫌いになったんです」
 
彼女の答えに満足すると、その傍らへと歩み寄って流れ出る水を止めた。擦り過ぎて赤くなり始めている彼女の手は、冷えて冷たくなっている。その手を取って流れ落ちる水滴に口を寄せれば、恥かしそうに彼女が身じろぎをした。
 
 
 ♂♀
 
 
「…さっき、六月の花嫁は縁起が良いって話しをしたの、覚えてる?」
「ジューンブライドですよね、それくらいは聞いた事があります」
 
ベッドの上で、こちらを向いて横になる彼女が小さく笑ってみせた。露わになっているその白い肩にタオルケットをかけてやりながら、俺も薄い笑みを浮かべる。
 
「結婚しようか」
 
そう言うと、彼女は驚いた様に瞳を丸くする。そして、ほんのりと頬を染めながら、俺の方へと顔を埋めた。髪を梳くように撫でてやりながら、再び口を開く。
 
「俺、子供は二人が良いな。女と男、それぞれ一人ずつ。上が女の子の方が、下の面倒を見てくれたりして何かと育てやすいって言うよね。姉妹も悪くないと思うんだけど、妹達を連想しそうだからさ」
 
その後も暫く将来の結婚生活について語ったものの、彼女から返事が返ってくる事は無かった。それが眠ってしまったからなのか、それとも敢えて黙っていたのかは解らない。暫くすると俺の元へも睡魔が訪れた。恐らく目が覚めた時、彼女はもう居ないだろう。
 
 

110606
title by Judy
 
 
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