「どうだった?」
「もう最高でした!ライブじゃ聞けないようなメンバーの生の声とか舞台の裏側まで見れちゃって!全員にサインも貰っちゃいました!アドレスも無事ゲットです!」
「ははっ、そりゃ良かった。俺もあいつらとはそんなに親しい訳じゃないからさ、話がうまくいくかは解らなかったんだけど…こうして喜んで貰えて何より」
「田中さん、今回は本当にありがとうございました…!このご恩は一生忘れません!」
「良いって良いって。珍しく静雄が頼みごとなんてしてくっから、最初は何事かと思ったけどな」
「すみません、俺がコイツに余計な事言ったせいで」
「ま、気にすんなって。それじゃあ俺らはこれからまた仕事があるから」
「はい!頑張って下さい!」
「気をつけて帰れよ」
 
去って行く二人の背にぶんぶんと手を振って見送った後、私も帰り道を歩き出した。今日は午前中に買い物をして昼過ぎにセルティとおしゃべりして午後は大好きなバンドのリハを見学させて貰って、もうこれ以上無い程充実した一日になった。今なら素直に臨也との約束を破ってしまった事も申し訳なく思う。断わりのメールを入れたあの後、臨也からの連絡は一切無い。てっきりいつものようにくどくどと文句を言われるだろうと覚悟していたのに、若干拍子抜けした程だ。それだけ怒っているのか何なのか知らないが、今後の為にも帰るついでに手土産でも持って、ちょっと謝りに行ってやろう。そうこうしてやって来た臨也の住むマンション。勝手知ったる何とやら、部屋に入ると波江さんが一人で仕事を続けていた。
 
「こんばんはー!今日は残業なんですか?」
「えぇ、どっかの馬鹿が仕事をすっぽかしてくれたお陰でね」
「そういえば臨也居ないんですね、折角手土産まで買って来てやったのに」
「あら、私はてっきり貴女と一緒に居るんだと思っていたけれど」
「は?何で私なんですか?」
「今日出掛ける約束をしていたんでしょう、デートだとか言って」
「いやいや、それアイツが一人で勝手に言ってただけですから。私、今日は別の用事があったから断わったし」
「へぇ、そうなの。じゃあ今頃は一人で寂しく誕生日を過ごしているのかしらね」
「多分そう……って、いや、え?誕生日?」
「知らなかったの?今日が誕生日らしいわよ、アイツ」
「いやいや聞いてませんそんなの」
「じゃあ一人で浮かれて居たって訳ね、可哀そうな男」
「ちょ、ええぇ…どこに行ったか知ってます?」
「さぁ。私の興味は誠二にしか向いていないもの」
 
ですよね、という言葉は飲み込んで置いた。代わりに、持ってきた土産を波江さんに渡し、サインを貰ったCD類の入った袋を置かせて貰い、私は部屋を後にした。エレベーターで下へと降りる間臨也の携帯に連絡をしてみたものの、何度コールしても留守番電話サービスに繋がるだけだった。マンションの外に出てから、宛ても無く探しても見つかる筈が無いと途方に暮れる。コンサートの会場もホテルの具体名も秘密だとかで教えて貰えなかった為に探しようがない。その時ふと、臨也に指定された待ち合わせ場所を思い出した。 いやいやまさか断わられたにも関わらずそこで待ち続けるなんて健気な真似をアイツがする訳が…なんて思いながらも私の足は自然とそこへと向かって行き、辿り着いたその先に見慣れた格好をした臨也の姿を見つけた。壁を背凭れに街行く人を眺めるその様子はいつもと変わらないように見えたが、何処となく近寄りがたい雰囲気も感じられる。然しながらいつまでも立ち尽くしている訳にも行かず、意を決して臨也の元へと歩み寄り声を掛けた。
 
「臨也…」
「やぁ。こんな所で何してるの?今日は大好きなライブのリハーサルに招待して貰ったから、そっちに行くんじゃなかったの?俺との約束ふいにして、さ」
「ご、めん。今日が誕生日だって事、知らなくて」
「…誰に聞いたの?」
「波江さん。帰りにマンション寄ったら、まだ仕事してて」
「流石の波江も、一人じゃ定時までに捌き切れなかったか。…それで、最初の質問に戻るけど、君は一体ここで何してるの?まさか待ち合わせに遅れて来たとか言わないよね?だって君は俺とライブとを天秤にかけて、ライブの方を取ったんだから」
「そ、れは、今日が臨也の誕生日なんて知らなかったからで…」
「知ってたら結果は違ってたって言いたいの?無かった事をどれだけ必死に訴えても無意味だよ。所詮、君にとっての俺はその程度の扱いだったって解っただけでも今回は十分な収穫が得られたと思って置く事にするよ」
 
明らかにいつもとは違う冷たく突き放す様な臨也の態度に、驚きや戸惑いや罪悪感が募って行き、私は言葉を失ってしまう。それでも、凭れかかっていた壁から背を離し、「じゃあね」と言って去って行こうとする臨也の服を咄嗟に掴んで引き留める。このままここで別れてしまったら、もう今までの様に気軽に家を訪れて下らない話しをする事も、時折共に出掛ける事も出来なくなってしまう様な気がした。それほどまでに今の臨也の態度は私を不安にさせていた。
 
「本当に、ごめん。謝って許して貰えるとは思って無いけど、でも、どうしてもそれが言いたくて臨也の事、探しに来たの」
「…それは何に対する謝罪?俺が怒ってるみたいだから、取り敢えず謝って置こうって事?」
「解んない…臨也が、誕生日を祝って貰えなかったからって傷付くような奴かどうかも自信無いし」
「結構失礼だよね、それ。俺だってちゃんと心を持った人間だよ?傷付く事だってあるさ」
「じゃあ、だから」
「でもハズレ。俺が気にしてるのはそんな事じゃない」
 
緩やかに掴んでいた手を解かれてしまった為、そのまま行ってしまうのかと思った私は無意識の内に俯いていた顔を上げた。しかし臨也は立ち去るでもなく、寧ろ振り向いてこちらを見詰めていた。
 
「ねぇ、何で俺がわざわざ自分の誕生日に他の誰でも無く君をデートに誘ったんだと思う?一応外部に漏れたら不味い様な仕事をしているっていうのに、君を仕事場であるマンションに自由に出入りさせてあげてる理由を考えた事、ある?約束を断わられたって言うのに、未練がましく俺がこの待ち合わせに居た訳が、もしかしたら君が来てくれるかも知れないなんて夢みたいに下らない希望を捨て切れなかったからだって言ったら…君はどうする?」
 
咄嗟に答える事が出来ず、真っ直ぐに向けられた臨也の視線から逃れる様に一先ず顔を背けてしまおうとしたが、それはいつの間にか伸びて来ていた臨也の手によって阻まれる。触れられた頬が熱によって赤く染まるのが嫌でも解った。
 
「いくら鈍い君でも、これだけ言われれば流石に察するものがあるよね。じゃあ少し質問を変えてみようか。さっき、どうして俺の事を引き留めたの?」
「臨也が、帰ろうとするから」
「あの場で俺に去られたら、何か問題でもあった?謝罪なら一応、会ってすぐに言ってたよね。君の目的は既に達成されていたんだから、あのまま俺が帰ろうと君には関係無かった筈だろう?」
「そうしたら、もう、今までみたく気軽に話したり出来ない様な気がして」
「不安だった訳だ。けど、そうなった所で君が気にする必要は無いんじゃないの?何も友達が俺だけって訳でも無いんだし、シズちゃん何かは寧ろ喜ぶんじゃないかな。俺としては不本意だけどさ」
「そう、だけど…なんか、やだ」
「…それって、相手が俺だから?それとも他の誰だろうと、君はそうやって不安になるの?」
「解んないよ、そんなの…っ」
 
視線だけは何とか逸らしているものの、所詮それは悪あがきにしかならず。視界の端で臨也が笑ったのにはっきりと気付ける程だった。頭の中では臨也の言葉の意味がぐるぐると回っている。いっそ逃げ出してしまいたいと身を捩れば、案外あっさりと頬に添えられた手は離れて行き…ほっとしたのも束の間、それは驚く程に柔らかく、気付けば臨也に抱きしめられていた。
 
「ちょっ!何、なんなの…!」
「ちゃんと考えてよ。俺、今日が誕生日なんだからさ。プレゼントだと思えば安いもんでしょ」
 
臨也の声が耳元で聞こえる。ついでに自分の心臓がうるさいほど鳴っている事にも気付いて、羞恥心は一層高まって行く。もしも普段こんな事をされたら、きっと私は気持ち悪いと言ってコイツの事を突き飛ばす位の事はしてる筈だ。けどそれが出来ないのは何故だ、今の状態を決して嫌だと思っている訳じゃないのは何故だ。…答えなんてもう考えるまでも無いじゃないか。
 
「沈黙は肯定として受け取るよ?」
「か、ってにすればっ」
「全く、君は本当に素直じゃないよね」
 
臨也の肩が僅かに震え、笑っているのだと解った。それでも何も出来ない自分が何だか酷く恥かしい。いい加減に離れろとその身体を押し返したのは、それから数拍置いての事だった。臨也の機嫌はすっかり直ったらしく、その顔はいつもと変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべていた。
 
「それじゃあ予定より大分遅くなったけど、行こうか」
「行くって、どこに」
「デート。まだ後数時間は今日が残ってるし。誕生日くらい、俺の我儘に付き合ってくれても良いんじゃない?」
「…今日だけだからね。けど、コンサートは終わってるだろうし、食事の予約時間も過ぎてるんじゃないの?」
「そうだね、残念だけどそれは諦めるしかないかな。じゃあ予定を変更して、このままホテル行こうか」
「え、キャンセルしてなかったの?」
「まさか」
 
約束を断わった時点で当たり前の様に予約とかも全部キャンセルしてるもんだと思っていたのに、こんな時間まで待ってただけあってホテルの予約までは残して置いたらしい。一流ホテルのスイートルームなんて早々泊まれるもんじゃない、食事はルームサービスで頼めば良いし、コイツも結構可愛い所があるじゃないか。…なんて、一瞬でも浮かれた私が馬鹿だった。
 
「…ねぇ、ここ、ホテルはホテルでもラブホテルなんですけど」
「まさか。今更一流ホテルのスイートに連れて行って貰えるとでも思ったの?自分で断わって置きながら図々しいなぁ、そんなの当然君に断わられた直後に予約キャンセルしたよ。まぁ俺達は晴れてお互いがお互いの事を想ってるってさっき確認し合った仲なんだし、こういう所に入って何をしても問題は無い訳だよね」
「…」
「ちょっと、何で逃げようとしてるのかな?さっき今日だけは俺の我儘に付き合ってくれるって言ったよね?さぁ入ろうか」
「何が何でもいきなりこれは嫌過ぎる!!!」
 
 
“来年の5月4日に新宿から遠く離れた場所へ一緒に旅行してくれる人切実に募集!!!”
(俺の為に今から旅行を計画してくれてるなんて嬉しいなぁ)(アンタには送って無いんですけど!?)
 

110504
誕生日おめでとうざy…じゃなくて臨也
 
 
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