「カンベエ様!」
都に攻め込むため、ヘイハチの修理した斬艦刀へ向うカンベエを、キララが呼び止める。辛そうに、何かに耐えるように。涙すら浮かぶその瞳を、必死にカンベエの背に向けて。押し込めていた心を伝えようとする。
「…っ、私は!」
「何も言うな」
しかし、カンベエはその言葉を切るように。
「儂を待つな。儂の心は疾うに枯れている。水の匂いは見出せまい」
そう言った。
「若いってのは、羨ましいねぇ」
鋼筒の中で、ナマエ殿はそんな事を零しました。
「ナマエ殿もまだまだお若いではないですか」
「世辞は要らないよ」
「…キララさんの事ですか?」
私は操縦の手を休めず、視線は前方から逸らさず。ただ意識だけはナマエ殿の方に向けて、そう聞きます。他に誰が居るのさ、と言って、ナマエ殿はけたけたと笑いました。
「若いってのは、本当に羨ましいよ」
ナマエ殿は、もう一度そう言います。
「傷付く事を恐れやしない」
「そうでしょうか。彼女なりに思い悩んだ末の答えだったのでは?」
「そりゃそうだろうよ。だけど、あたしが言ってるのはそこじゃない」
「はて?」
私はナマエ殿が何と言いたいのか良く解らずに、首を傾げる。
「キララは自分が傷付くことよりも、自分の思いを伝える事を選んだのさ」
「そうですねぇ」
「それが、若いって言うんだよ」
「はぁ」
まだいまいち理解していない私を余所に、ナマエ殿はもぞもぞと体を動かしました。元々一人乗りの鋼筒に、半ば無理矢理二人で乗り込んでいるのです。少しでも楽な体勢になろうとしたのでしょう。
「若い内は、いくら傷付いたって、それを治す力と時間がある。だけど年を取ると、傷を治す力は衰えるのさ。体も、心も」
ぽつりぽつりと、らしくない調子で話すナマエ殿。私は、その言葉を黙って聞いている。
「だから、傷付くのが怖くなっちまう。傷付かない様逃げちまう。例えそれが、傷付く事より苦しくてもね」
そう言って、ナマエ殿はからからと笑っていましたが、私には何故かそれが、泣いてるように思えたのです。強がって、我慢して、辛くて、苦しくて、仕方がなくて。でも、傷付くのが怖くて。何も言えないナマエ殿が、泣いているように思えたのです。
「…ナマエ殿は、もしや…」
私は何となく思い当った理由を言おうとして、止めました。そろそろ、カンナ村が見えて来たからです。
「さぁてね」
ナマエ殿はとぼける様に、今までの話しを無かった事にするかのような口調でそう言って、急に立ち上がったかと思うと、鋼筒の蓋を持ち上げました。前方に居るカツシロウ君も、ナマエ殿に気付いたようです。ナマエ殿は前を見据えながら、これで終いだと言わんばかりの声でこう言いました。
「この戦、生きて帰れたら教えてやるさ」
080818
title by 虚言
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