「ただいま、名前。ただいま」
 
帰ってくるなり、静雄は真っ直ぐ私の元へとやって来て優しく抱きしめてくれた。その背に腕を回しながら、私も「おかえり」と答える。
 
「名前に会いたくて早く帰って来た」
 
またトムさんやヴァローナさんに迷惑をかけたんじゃないだろうか、そんな事を考えながらも、口では「ありがとう、嬉しい」と答えた。
 
「名前、今日はどうしてた?」
 
少しだけ身体を離し、真剣な表情で私を見る静雄。私は静雄が仕事に行った後の事を思い出しながら、順々に口にしていく。
 
「お昼に宅急便が来たんだけど、覗き穴から覗いたら男の人だったから出なかった」
「この前頼んでた服かもな、後で電話しねーと」
「三時くらいにセルティが遊びに来てくれた」
「セルティが?…一人でか?」
「うん。少しだけ話して、すぐ帰っちゃったけど。元気そうで良かったって」
「そっか」
「それから、夕方に電話があった。セールスだったから、すぐに切ったけど」
「…何か言ったのか?」
「え?」
「電話の時、名前は何か話したのか?」
「話しはしてないよ、すぐにセールスの電話だって解ったから、結構ですって言ってすぐに…」
 
「話したんだな?」
 
ギリッと、静雄の手に力が込められて、私の肩に食い込んだ。焦りと痛みで一気に背中から冷や汗が吹き出す。私は慌てて口を開いた。
 
「静雄、大丈夫だよ静雄。その時にはもう受話器を耳から離してたから私の声は殆ど相手に聞こえてなかったと思う。それに相手は女の人みたいだったから、大丈夫。私は静雄だけだよ、静雄が好きだよ、大好き。だからお願い、落ち着いて」
 
ぎゅっと静雄に抱きついて、その背をとんとんと宥めるようにそっと叩いた。強張っていた静雄の身体が次第に落ち着きを取り戻していくと、私はほっと息をつく。
 
「…悪い、痛かったか?」
「ううん、平気」
「名前の声を他の奴に聞かれたと思うだけで耐えらんねぇ…名前がソイツの声に耳を傾けんのも嫌だ…」
「ごめんね、静雄、ごめんね。今度からはずっと留守番電話にしておくから。私、それも聞かないから」
「名前、名前…」
 
身体は大きいのに、縋りつくように私の名前を呟く静雄はまるで子供のようだと思った。赤子をあやす様に、その背中をゆっくりと撫でてやる。微かに震える彼が、とても愛しかった。
 
 
 
 
 
「異常だよ」
 
ベランダの柵に寄り掛りながら、臨也が笑った。それはそれは、蔑んだ様な冷たい目で。
 
「俺も人の事は言えないけどさ、それでも敢えて言わせて貰うと君達の関係は異常だよ」
 
こんな所を静雄が見たら、きっと怒り狂ってしまうだろう。それこそ、今までの癇癪など比にならないくらいに。尤も、臨也がそんなへまをするとも思えないし、静雄はさっき仕事に行ったばかりだから、暫くは戻ってくる事もない。それに、私がどれだけこの男を拒否しようとした所で、結局はベランダから侵入してきた今日のように、何かしら別の手を使ってくるのだから、もはやどうしようもない。臨也とは、そういう男だった。
 
「確かに、愛は人によって様々な形がある。別に俺はそれらを否定するつもりなんて無い。現に俺だって、好きで好きでたまらない人間の様々な表情を見たいが為だけにそいつの人生を狂わせてやったりする事もあるしね。そんな俺の事を異常だっていう奴は大勢居るよ、いかれてるってね。けど、俺は自分自身でそれを自覚してる。流石にいかれてるってのは心外だけどさ、自分が俗に一般的に言われている愛し方とは違った愛情表現をして居る事は解ってるつもりだよ。でも君達は違う、それが本当の愛だとか思ってるんだろ?思い込んでるんだろう?けどシズちゃんのソレはさ、もはやただの自己満足だよ。初めこそそれは愛だったかも知れないけど、今のシズちゃんがしてる事は君を愛してるんじゃなくて、支配してるんだよ、支配したいと思ってるんだよ。君の意思なんてもう関係無いんだ、君がただそこにそうして在れば良い、それだけなんだよ、きっと」
 
一人で語り続ける臨也が、心底疎ましい。
 
「あなたに静雄の何が解るっていうの」
「そんなの解る筈無いだろ、あんな化け物の事なんて、解りたくも無い。これはあくまで俺から見たシズちゃんの感想だよ、感想。…でも、君の事なら少しは理解してあげても良いかなって思ってるんだよ。屈折したシズちゃんの“愛情”を、何故君が何の抵抗も無しに受け入れているのか、それが当然の事のように過ごしているのか。その原因がもしも俺の元に居た時、俺なりの“愛し方”を間近で見ていたせいで、それが当たり前のように思ってしまったのなら…なんて、多少なりと責任を感じたりもしてるんだからさ」
 
ねぇ、と言って臨也は私との間を隔てている薄い窓ガラスに片手をつく。
 
「助けてあげようか。君が望むなら、俺は今すぐにでも君をそこから連れ出してあげるよ。あの平和島静雄が到底追いかけて来られないような場所に匿ってあげるし、俺が君の事を愛してあげる。君が望むなら」
 
その紅い瞳を細めて、どうする?と臨也が問う。私は…緩やかに、首を横へと振った。
 
「助けなんていらない、私は今のままで満足しているの。静雄が居ない世界なんて考えられないし、考えたくも無い。私は静雄が居てくれたらそれで良い。あなたの愛なんて、要らない」
「そう、それが君の答えなんだ」
 
さして気にした様子もなく、もしかしたらこうなる事を予想していたのか、臨也はそれだけを言ってガラスからその手を離した。そのままくるりと後ろを振り向くと、来た時と同じく軽やかに柵の上へと乗った。
 
「あぁ、そうそう」
 
それは酷くわざとらしく、さも今思い出したかのように声をあげる。
 
「ここに来る途中、シズちゃんと運び屋が会って話してるのをたまたま見かけたんだけど、あんまり穏やかな空気じゃ無かったなぁ。…もう、運び屋もここへは来てくれないかもね」
 
器用に身体を捻り、臨也はにっこりとした笑みを浮かべて私に小さく手を振った。
 
「バイバイ」
 
そして、居なくなった。
 
 
 
 
 
「ただいま、名前。ただいま」
 
今日も静雄は帰って来て真っ先に私を抱きしめる。それはまるで私がそこに居る事を…在る事を確かめるようだった。
 
「おかえり」
「今日はどうしてた?何してたんだ?」
「何も無かったよ、何もせずに、ただ静雄の事を考えてたよ」
「名前…」
 
好きだ、と、耳元で静雄が囁くのが聞こえた。
 
 

110407
 
 
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