吹き抜ける風が心地良く、何処からか微かな金木犀の香りを運んでくる。手にした花束を抱え直すと、彼岸花の赤が揺れた。と、同時にガサリと鳴った包装紙の音に驚いたのか、左手の袖と右側の裾が一段と引かれた。
 
「銀さん、袖から手を離してはくれませんか」
「ばばば馬鹿言ってんじゃねぇよお前俺はそのあれだ常に誰かと繋がってないと寂しくて死んじまうんだよウサギさんなんだよ」
「四六時中死んだ魚の目みてぇな奴が何言ってやがるテメェがウサギなんて可愛らしい類の生き物な訳があるか」
「副長は裾の手を離して下さい」
「ななな何言ってんだテメェ俺はこのあれだテメェが職務を放棄してこの場から逃げ出したりしねぇようにしっかり捕まえてるだけだ」
「逃げ出してぇと思ってるのは自分だろうがいつも以上に瞳孔開いてて怖い通り越して気持ち悪ィんだよ」
「ンだとテメェ」
「やるかコノヤロー」
「あ、今そこに白い人影が」
 
適当な方向を向いて適当な事を言った直後にやっぱり言わなきゃ良かったと思う事になった。そこだけ見ればもはや阿吽の呼吸と言わんばかりの見事なシンクロ率で二人の男が両サイドからぴっちり詰め寄って来たのだ。暑苦しい、というか、むさ苦しい。
 
「……冗談ですよ」
「ちょっとオォォ!止めて!そういう冗談ホント勘弁して下さい!」
「おおお俺は解ってたけどああ敢えてお前らに合わせてやったまでだ」
「声震えてる人が何を言っちゃってんのかな」
「テメェも冷や汗が凄ぇ事になってるぞ」
「お二人とも、やっぱり帰ったら如何ですか」

再び歩みを再開させるも、おっかなびっくりついて来る二人の男のせいで思う様に前へと進めない。そんなに嫌ならばついて来なければ良いのにと、大きく溜め息を吐き出した。
 
「こんな夜中に女一人で墓参りなんて行かせられる訳ねぇだろうが」
「つーかそもそも何で夜に行く必要があんの?昼間で良いじゃん、もっと明るい内に来れば良いじゃん」
「両親が無くなったのが夜だったので、その時間に行くようにしたいんです。毎年やってる事ですから、今更心配とか必要ありません。解ったならどうぞお帰り下さい」
「いやいやいや、それってこれからご両親の所に挨拶に行くって事でしょ?未来の旦那としてはちゃんと挨拶しとかなきゃなんねぇとさ」
「ちょっと待て、誰が未来の旦那だと?冗談も程々にしとかねぇと叩き切んぞ。…それに、毎年こんな事してると知ったら尚更見過ごしておけねぇな、これからは毎年同行させて貰うぞ」
「何ちゃっかり次回の約束まで取りつけてんの、言っとくけど俺もこれから毎年一緒に行くつもりだから。お供は二人も要らないよね?邪魔にならない内に早く帰った方が良いよ多串君」
「テメェなんざ居たところで精々飛んでくる鳥の糞の的くらいにしかなんねぇだろうが。テメェこそさっさと帰りがやれ」
「……あぁ、そっちに人魂が…」
 
再び一瞬の内に二人が沈黙したのを確認してから、身体を捩ってその間から脱出した。
 
「解りました、そこまで言うなら一緒に行きましょう。ですがこのままでは時間までに目的地まで辿りつけませんので、袖でも裾でも無く、手を繋いで下さい」
 
銀さんに花束を、土方さんにハンドバッグを手渡した後、自由になった両腕で二人の手をそれぞれに取る。呆気に取られている二人の顔を一瞥した後、その手を繋いだ。銀さんの左手に花束、土方さんの右手には私のバッグ。そしてそれぞれ反対の手に…それぞれ反対の手。
 
「「繋ぐってこっちイィィィ!!」」
「大声出さないで下さい、起きちゃいますよ。…土の下で眠ってる方々が」
 
絶叫する二人を尻目に軽くなった足取りで前へと進んで行く。後ろの方でああでもないこうでもないという言い争いが聞こえてきたが、次第にその距離は離れて行った。楽にはなったが、このまま手ぶらで着いてしまったらそれはそれで困ってしまうので、仕方なく振り返って様子を確認しようと、歩みを止めた時だった。地面を踏み鳴らす様な激しい足音が迫って来たと思った次の瞬間に、いきなり両腕を掴まれた。流石に驚きで声を失って居ると、先に両サイドから聞きなれた声がした。
 
「テメッ、勝手に先行くんじゃねぇよ…!」
「神隠しにでもあったんじゃ無いかって心配しちゃったんだけどォォ!」
「……はぁ、それはどうも、すみません」
 
全力疾走でもしてきたのか、はたまた恐怖のせいか、軽い息切れを起こしている二人にがっしりと腕を固定されたままの私は取り敢えず謝罪しておく。その後、暫くして落ち着きを取り戻した二人が、腕から離した手をそのまま私の手に絡めた事については、何も言わないでおいた。
 
「何だか連行されて行く宇宙人みたいな気分ですね…こんな感じの映画か何か、ありませんでした?」
「おいおい、どうせ例えに出すならもっとこう色気とか可愛げのある物にしろってーの」
「テメェが居る時点でそういうのとは無縁だな」
「どういう意味だオイ」
「やんのかコラ」
「そういえば先程お二人と離れてる間に、次に喧嘩を始めたら祟りや呪いの類を吹っかけてくれるよう何人かに頼んで置きましたのでそのつもりで」
 
 
 
それは季節が夏から秋へと変わり始めた頃の事でした。夜になると幾分涼しさも感じられるこの時期は、私にとってはとても過ごし易く、また、好ましい季節であったとも言えます。ただ、あくまでもそれは気温に限った話であり、記憶としては正直あまり良い思い出がありません。これは、そんな中での数少ない楽しい話し…と言えたでしょうか。それでは皆様、またいずれ。
 
 

101121
 
 
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