ある日の河川敷、しゃがみこんで何かを探している女を見掛けた。着物の裾が露で濡れるのも気にせず、延々と草の根を一本一本掻き分けているその女に、気付けば俺は声を掛けていた。
 
「んなとこ探しても妖精は出てこねーぞ」
 
女は驚いた顔で俺を見上げたが、小さく笑いながら「そうですね、こんなところに妖精は居ませんよね」と答えて再び捜し物を始めた。
 
「え、何?ホントに妖精とか探してんの?」
「いいえ、違います」
「じゃあアレか、河原に落ちているという伝説のエロ本」
「だったらあっちの、背の高い草の方に落ちてましたよ」
「マジで!?」
 
話してる間も一切顔を上げず手も止めない女を見て、さりげなく、何食わぬ顔で背の高い草の方へと移動して行き、中に分け入ってみた。そしたらマジであったァァァ!雨とかでちょっと湿ってるけどまだ読める!そう思ってしゃがみこみ、表紙を見たらデブ専スカトr「伝説ゥゥ!伝説級ゥゥゥッ!!」0,2秒で粉砕した。そうこうした後で俺が草むらから出てきても、女は相変わらず同じ場所で同じように捜し物をしていた。再び近くへ寄ると、気配で気付いたのか「ありましたか?」とか聞いてきた。いや、むしろあれはあってはいけないもんだろ。伝説は伝説でも伝説の魔王が伝説の剣持って伝説の竜引きつれて来ちゃったくらい有り得ないだろ。村長から貰った初心者装備のまま行ったら確実に即死だったからね。つーか表紙だけで軽くトラウマになっちまったよちくしょー。
 
「で、何だっけ。食べれる草探してんだっけ?」
「いえ、そこまで生活に苦労はしてませんよ」
「何だよ、後はもうコンタクト落としたとか普通っぽい理由しか浮かばねーんだけど」
「普通はそういう理由から聞くものじゃないんですか?」
 
そういうと、やっとその女は手を止めて俺を見た。
 
「四つ葉をね、探してるんですよ」
 
いやいや普通の理由聞いたところで当たらねぇじゃねーかそれ。よくよく見てみれば女が漁っていたのは確かに三つ葉だったが、四つ葉のクローバーを探すなんざガキのする事だろ。いい歳した女の子がする事じゃ無いよね、銀さんそこまで想像力豊かじゃないよ。
 
「言っておくけどね、四つ葉のクローバーを見つけた所で願い事は叶わねーよ?一度だけ好きな願いを叶えてやるなんて甘言に乗せられてろくな目にあった奴なんて居ないからね、俺の知る限り」
「そうなんですか?それは少し残念ですけれど、私は四つ葉を見つける事が出来ればそれで良いんです」
「しおりにでもすんの?お守りみてぇな?」
「あ、それは良いかも知れませんね。見つかったら、の話しですけど」
 
口元に手を当てながら柔らかく笑う女を見て、何となくこういうのをお淑やかとか言うんだろうな、とか思う。
 
「何でそこまでして四つ葉のクローバーなんざ見つけたいの?」
「私、運の無い女なんです」
「は?」
「小さい頃からずっと、大事な時には雨が降ったり熱を出したり怪我をしたり。殆どの天災を経験して、法律に定められている犯罪には一通り巻き込まれて、何でも無い時でも何かしら悪い事が起きるんです。…ここに来る途中も、犬に草履を片方取られちゃいました」
 
そう言って少しばかり着物の裾を持ち上げた女の足元には、確かに左足だけ草履が無かった。
 
「おいおい、凄ぇ人生送ってんな。不幸のフルコースってか?草の汁で足袋が緑色になってっけど、大丈夫かそれ」
「良いんです、もう、これくらいの事には慣れましたから」
「…で、何でそれが四つ葉探しになんの?」
「こんな私でも、四つ葉のクローバーを見つけるくらいの小さな幸運は振って来てくれるかなって思ったんですけど…やっぱり、駄目みたいですね」
「諦めんなよ、もう少し探せば見つかるかも知れねーだろ?」
「多分、もう五、六時間は経ってると思うんですけど…まだ頑張りが足りないんですかね」
「いやいやそれは頑張り過ぎだろ!どんだけ四つ葉に執着してんの!?」
「つい意地になっちゃって」
 
照れ笑いのような表情を浮かべるその女は、見た目だけなら何処にでも居る普通の街娘という感じで、とてもそこまで不幸そうな奴だとは思えない。普通、っつーか、着ている着物は結構高そうな感じだからもしかしたら良いとこのお嬢さんかなんかかも知れねぇし、顔も可愛い方…って考えてた時、急にガツッとかいう音が聞こえたかと思えば女の身体がふらりとよろけた。何だ何だ!?慌てて肩を支えてやると、女の後ろに小さな白い球が落ちているのに気付く。よくよく見れば、それはゴルフボールだった。ふと顔を上げると、遠くの方にそそくさと逃げて行くオッサンの姿が見える、その手にはゴルフクラブ。…河川敷ゴルフ禁止イィィィ!!
 
「オイィィ!大丈夫かァァ!?」
「…だ、大丈夫、です。場外ホームランだったらしい野球の球があたった時も、平気、でしたから…」
 
オイオイそれどんな天文学的確立!?とかツッコミを入れる前に、ふらふらとしながらも女は自らの足で立った。頭を摩る手に血がついてる様子は無かったから出血はねぇんだろうが、間違いなくたんこぶくらいは出来てんだろうなこれ。
 
「やっぱり、駄目、ですね…これ以上惨めな思いをする前に、帰ります」
 
そう言って力無く笑う女の顔には、何とも言えない悲壮感が漂っていた。支えた身体が驚く程に細く軽かったのも、今まで散々苦労して来たからなんじゃねぇかと思う。まだ見た目は若そうだってのに、どこか人生を達観してるみてぇな雰囲気を纏う女。律儀に一礼をしてから去って行くその女を見てから、俺は足元に生えた三つ葉を一つ手に取った。
 
「なァ、四つ葉のクローバーなんてモンは意外とどこにでもあんじゃねーか?」
「…え?」
 
少しばかり驚いた様子で足を止め、振り向いた女の元へと歩み寄る。手にしたそれを差し出すと、女の目が小さく見開かれた。
 
 
ほら、三つ葉を裂いて四つの葉
 
 
「こんなモンで自分の価値を決めちまうなんざ馬鹿らしいだろ。つーか俺、それよりもずっと良い方法思い付いちゃったんだよね。聞かせてやろうか?」
「その、方法って…?」
「この万事屋銀さんが、てめーに幸福を運んでやるよ。今までの不幸がチャラになるくらい、幸せにしてやろうじゃねぇか」
 
今度こそ、女の目は驚きに丸くなった。と思うと、何やら可笑しそうに小さな声で笑い出す。あれ、ここ笑うとこじゃないよね?今銀さんすっげぇ格好良い事言ったよね?感動に胸を熱くさせるシーンじゃないの?
 
「あの、それって、プロポーズですか?」
 
あ、そういう風に取れなくもないね。
 
 

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title by 狼傷年(close)
 
 
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