その日の分の作業を終えて家に戻ってみると、たくさんのサクランボがかごに入れられ置いてあった。ひょいっとへたを持ち上げてみれば、小さな赤い実が二つくっついてくる。
 
「どうしたの?これ」
「先程、行商をなさっているという方が来られたんです」
「野伏せりと戦うんだって話したら、頑張れって言って、くれたです!」
「行商人にとっても、野伏せりは厄介な存在ですからねぇ」
「あ、ヘイさん。おかえりー」
 
ただいま戻りましたー、と言って、ヘイさんが入ってくる。そのまま私の傍まで来ると、一緒になってサクランボを眺めた。
 
「ナマエ様もヘイハチ様も、良かったらどうぞ」
 
その様子が物欲しそうに見えたのか、キララはくすくすと笑って言った。
 
「や、これはかたじけない」
「じゃあお言葉に甘えて、頂きまーすっ」
 
手に持っていたサクランボをそのまま口に入れる。甘酸っぱくてとても美味しい。ヘイさんはへたまでぱくっと食べてしまった。
 
「ちょ、ちょっと、ヘイさん。へたは食べるとこじゃないでしょ」
「まぁ見ていて下さいよ」
 
そう言ってから何やら口をもごもごさせていたかと思うと、ひょいとそれを取り出して見せた。サクランボのへたは、見事に結ばれている。
 
「おぉ!凄いです!」
「何それ!どうやったの!?」
「なに、これくらい大した事ではありませんよ」
 
驚きの声を上げるコマチと私に、ヘイさんは得意げに笑う。
 
「オラやってみるです!」
 
コマチがサクランボを一つ手に取り、へたごと口に放り込む。種を捨て、残ったへたを懸命に口の中で転がしてみるが、思うように結べない。その内へたの苦味が出てきて、コマチは顔を顰めてへたを出した。
 
「うえー、これ苦いです…」
「そりゃあ、食べるところじゃないからねぇ」
 
と、その場は皆で笑って終わってしまう。けれど、私はこっそりさっきのサクランボのへたを持っていた。
 
 
 
 
 
「ん、んー…」
 
鎮守の森の木の下で、私はさっきのへたと格闘していた。しかしどうしても上手く出来ず、半ば諦めかけていた時。
 
「ナマエ」
 
ふっと声がしたかと思うと、すぐ傍にキュウゾウが立っていた。
 
「キュウゾ…んん!」
「…何をしている」
 
咄嗟に名前を呼ぼうとしたせいで、へたが飛び出そうになった。慌てて口の奥に引っ張り込むと、キュウゾウはさらに怪訝そうな顔をする。
 
「急にそんなとこから声かけないでよ」
「気付け」
「別の事に集中してただけですー」
 
まぁ、例え周囲に気を配っていても、常に気配を消しているような奴に気付けるかどうかは疑問だったが。キュウゾウが未だ私の口に目を向けているのを見て、思い出したように先程の問いに答える。
 
「あぁ、これ。サクランボのへたを口の中で結ぶ練習してたの」
「…何故」
「さっきヘイさんがやってみせてくれたんだよ。あっと言う間に、凄かったんだから」
 
だから私もやってみようと思ったの、と付け加えて、再びチャレンジする。けれどやっぱり、私には出来そうにない。そこで、立ったまま私の様子を眺めているキュウゾウを見上げて聞いてみる。
 
「ね、キュウゾウは出来る?」
「やった事がない」
「じゃあやってみてよ。まだキララの所にサクランボいっぱいあるし」
 
そう言って、連れて行こうと思って立ち上がった私の腕が捕まえられる。ぐらりと体がよろけたが、それはすぐにキュウゾウの腕に支えられ。そのままぐいっと唇を押しつけられた。突然の事に思わず抗議の声を上げようとした私の口の中へ、キュウゾウの舌が割り込んでくる。そのまま互いの舌と、さくらんぼのへたが、絡み合うように動く。いつもより長いそれに、私は段々と酸素が足りなくなって頭がぼんやりするのを感じた。そろそろ腰の力が抜けてしまうんじゃないかと思った時、キュウゾウは漸くその口を放した。
 
「っ、は…っ!ちょっと、キュウゾウ…!なんでそう急に…!」
「…出来た」
「え…?」
 
すっと、キュウゾウが空いている手で口から何かを取り出すと、そこには結ばれたサクランボのへたがあった。キスしながらこれを結ぶとか、どんだけ器用なのよ!と思ったが、口には出さずとりあえず感心する。
 
「何も、今すぐこれでやらなくても良かったのに」
「別に…」
 
そんな事はどうでもいい、とでも言おうとしたのか。キュウゾウはそのへたを捨てると、また口付けを落とす。あぁもう、なんでそんなに上手いのよ。そんな事を思いながら、私の頭は今度こそ白くとろけていった。
 
 

080812
 
 
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