寝苦しい。うだる様な暑さに、私は苛々と目を覚ました。肌に張り付く寝間着の着物は、じっとりと汗に濡れていて気持ちが悪い。しかし頭は重く、気だるい体を起こす気になれない。その不快感から逃れるように、もぞもぞと寝返りをうつ。蹴飛ばしていても不思議はないのに、なぜか掛布はしっかり体にかかっている。そんな事を考えながら、一拍遅れて腕が振り下ろされる。
 
ベチンッ
 
…明らかに、布団じゃない何かを叩いた音がした。それでもぼんやりした頭の働きは鈍く、なんとか叩いたソレを理解しようと、そのまま手でペタペタと触る。サラサラで、でこぼこで、ちょっとだけ冷たいソレ。あ、ちょっと気持ち良いかも、なんて思った時。
 
がぶっ
 
ソレに噛まれた。声にならない声をあげ、跳ね起きる私。咄嗟に、噛み付いてきたソレを確認する。
 
「キ、キュウゾウッ!?」
 
そこには酷く不機嫌そうな顔で人の布団に横になっているキュウゾウが居た。とりあえず明かりを点けて、ついでだから寝間着も着替えて。そして、私の布団の上に我が物顔で座っているキュウゾウの向かいに座る。未だに不機嫌そうに私を睨むキュウゾウ。
 
「えーと…とりあえず、おかえり」
「…あぁ」
 
答える声も、怖い。これは明らかに怒っている。
 
「で、何で人の布団に入ってるんですか。しかもこの暑い日に」
 
季節は夏。戸を開け、風通しを良くしておいても、蒸し暑い夜もあるわけで。その上しっかり掛布を掛け寄り添って眠るなど、そりゃあ暑さで目も覚めるわけだ。キュウゾウは、すっと視線を逸らしたまま黙り込んだ。答える気はないのだろうか。元々キュウゾウが極端に口数の少ない男である事はこれまでの付き合いで十分過ぎる程に解って居た為、半ば追求を諦めて、それよりもこれからをどうするべきかと思考を切り替えようとしていた時。キュウゾウは目を合わせないまま、答え始めた。
 
「あまりにも、無防備故」
「…はい?」
 
意味が分からず、思わず聞き返す。
 
「掛布は蹴飛ばされ、戸は開け放たれ、大の字になって眠っていた」
「…うわぁ…」
 
聞かなきゃ良かった。そりゃあ、暑くて寝苦しくてしょうがなくそうなったんだろうけど、それをはっきり…しかも、一応は恋人の奴に言われるのは、それなりにショックだ。
 
「で、でも、それがどうして添い寝になるのよ」
「…」
 
また、だんまり。じーっと睨みつけて見ても、視線すら合わせてこない。私は小さくため息をついた。ふと、キュウゾウの後ろ側にある障子戸に気付く。庭に面しているそれは、風が通るように開けておいたはずなのに、今はしっかり閉まっている。そういえば、蹴飛ばしたと言っていた掛布も、寝返りをうった時には確かに掛かっていた。もしかして、誰かに見られるのを、心配してくれた?…まぁ、こんな時間に人の部屋にやってくる人間なんて、キュウゾウくらいだろうけど。けれどそれなら、一応気を使ってくれたんだし、あんまり責めるのも…いやでも、それじゃまだ添い寝の答えは出ない。っていうか噛まれたし!指噛まれたし!思い出して手を見る。別に歯形が付くほど強く噛まれた訳じゃないけれど、それでも十分驚いたのだ。その様子に気づいたのか、キュウゾウが私を見る。
 
「…ついでに、何で噛まれたのかも聞きたいんですけど」
「やり返したまでの事」
 
今度ははっきりと、そう答えた。その顔はまた不機嫌そうなものに戻っている。
 
「ちょ、ちょっと待って。私キュウゾウの事噛んだりなんかしてないよ!?」
 
例え寝相が悪くても、寝惚けてても、さすがにそれはないだろう。というか、そんなの寝惚けてやってたらかなりショックだよ!?しかしキュウゾウは、そうではない、と否定する。それにほっとしたのも束の間。
 
「叩かれた」
 
と、言われた。あぁ、そういえばあの時。寝返りをうった時に叩いた、不自然な物。サラサラしててでこぼこしてて、ちょっとだけ冷たいソレ。ソレはキュウゾウだったのだ。横で寝ていたキュウゾウに、突然振り下ろされた手。しかもそれは、ぺたぺたと自分の顔や頭を触ってくる。だから、噛み付いてやったのか。それで、不機嫌な顔をしていたのか。なるほど、と納得したと同時に、物凄く申し訳ない気分になった。普段なら絶対そんな間抜けな攻撃には当たらないはずなのに、不意打ちを食らってしまったのか。しかもなかなか離れず、さぞ不愉快な思いをしただろう。…でも、叩かれた時のキュウゾウの顔、ちょっと見てみたかったかも。そんな疑問が浮かんでしまったが、慌てて振り払う。
 
「ご、ごめん、気付かなかった」
「…もう良い」
 
しゅんと項垂れた私を見て、キュウゾウはそう言う。その声は、まだ少しだけ不機嫌そうだったけれど。それから。
 
「勝手に布団へ入った俺にも、非はある」
 
と付け加えた。思い出したように私は顔をあげる。
 
「そ、そういえば結局、なんで横で寝てたのか聞いてない!」
 
余計な事を言ったか、と、キュウゾウはまた視線を逸らしたけれど、少しだけ間を置いて「なんとなく、だ」と答えた。そしてその後は、ちゃんと二人で横になり眠った。掛布は畳んでしまってしまった。そんな物があったら、また暑くて目が覚めてしまいそうだったから。
 
 

080809
 
 
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