「あー。本当、嫌になる。なんで私ここに居るんだろ」
「ブッブッ」
「うん、ま、アネモネとガリバーに会いに来たんだけどさ」
「ブー」
 
膝の上でごろごろしているガリバーを撫でてやりながら、私は扉に視線を向けた。そろそろ帰ってくる頃だ。アネモネと、彼が。険しい顔をしてアネモネの前を歩きながら部屋に入ってくる。そしてアネモネのベッドに腰掛ける私を見て、こう怒鳴るのだ。
 
“ナマエ!アネモネのベッドに座るなと、いつも言っているだろう!”
 
うん、間違いない。扉が開く。カツカツと必要以上に靴音を立てて近づいてくる彼。そして、
 
「ナマエ!アネモネのベッドに座るなと、いつも言っているだろう!」
 
私はそれを無視して、後ろから嬉しそうな顔を覗かせたアネモネに笑いかけた。
 
「や、久しぶりー」
「ナマエ!久しぶりーっ」
 
アネモネは彼を押しのけて私に駆け寄った。いち早く危険を察知したガリバーが私の膝から飛びのく。その直後、私はアネモネに体当たり…いや、抱きつかれて、後ろのベットに倒れた。
 
「ちょ、アネモネ…」
「なんでずっと会いに来なかったの!つまんなかったじゃない!」
「ごめんごめん、私も意外に忙しいのよー」
 
へらへら笑いながら答えても、一向にアネモネは離れてくれない。まるで猫のようにごろごろと甘えてくる彼女は、やっぱり可愛い。こんな姿、普段は滅多にお目にかかれないけど。ふと、殺気に近い物を感じて、首だけあげてみる。…結構キツイけど。それは思った通りというかなんというか、彼の視線だった。ああ…そんな羨ましそうな妬ましそうな目で見ないでよ。
 
「はいはい、そろそろ離れてー重いー」
「ひっどーい!あたしそんなに太ってないわよ!」
「いつも甘い物ばっかり食べてるくせに、ほんと羨ましい体質だわ」
「ナマエだって細いじゃない」
「私は食べた分運動してるから」
 
なんだかんだ言いつつ、アネモネは私の上から退き、隣りに腰掛けた。私も起き上がり座り直す。と、彼の口がまた文句を言いた気に開きかけたが、すぐへの字に結ばれた。アネモネの前で、怒った顔は見せたくないのか。
 
「あ、そうだ。ドミニク!」
 
そこに居るのを今思い出したかのような、そんな感じでアネモネは彼を呼んだ。彼はそんな事は気にもせず、ただアネモネに声をかけられた事に喜び驚き、
 
「な、何?」
 
と返す。
 
「さっき買って来たって言ってたケーキ。あれ食べたい」
「うん、わかった。用意してくるよ」
「ナマエの分もね!」
「え…」
 
そこで彼はアネモネから私へと視線を移した。まぁ、なんというか、お前の為に買って来たんじゃないって言いたいんだろう。ごめんなさいねー、せっかくアネモネに喜んでもらおうと買って来たのにこんな奴に食われちゃって。なんて可哀想なケーキ。
 
「ご馳走になりまーす」
 
にっこりと微笑んでそう言うと、彼はキッと私を睨んでから、踵を返して部屋を出て行った。あー、また怒らせちゃったかな。
 
「んー、今回のもまた格別に美味しー。さっすがロリアね」
「でしょでしょ!」
 
口の端に生クリームを付けたまま、アネモネは嬉しそうに笑った。
 
「ほらそこ、クリーム付いてる」
「え、どこー?」
「ここ」
 
ひょいっと指で取ってやると、その手を引っ込める前にぺろっと舐められた。生クリームすら勿体無いのね。
 
「ナマエ、最近忙しいんだ」
「うん?どうして?」
 
納得したようにアネモネが言う。確かに、SOFが再結成されてから、その訓練は今まで以上に厳しくなったが。なんで急にそんな話しになったんだろう。
 
「ナマエの指、少し皮が厚くなってるし、火薬みたいな味なんだもの」
「あぁ、なるほどね。うーん、ちゃんと手は洗ってるんだけどなぁー」
 
そう言って困ったように笑うと、アネモネは残念そうな顔をした。心配させたかとか、少し心配になったが。
 
「ナマエはとっても美味しそうだったのに」
「食べられちゃ困るから、このくらいが丁度良いのよ」
 
なんだ、いつも通りだと、少し笑った。…今のやり取りで、より一層濃くなった殺気さえなければ、普通に笑っていただろうが。ちらりと横目で見ると、彼は苛立たしげにこちら…というか、私を睨んでいた。腕組みをしている、その指が小刻みに動いている。そろそろ引き上げた方が良さそうだ。
 
「んー、それじゃあ、私はそろそろ隊に戻るよ」
「え、もう行っちゃうの!?つまんないー」
「また暇な時に遊びに来るわよ」
「絶対だからねっ」
「はいはい、約束」
 
立ち上がり、アネモネの頭を軽く撫でて、振り返り彼に頭を下げる。
 
「ケーキ、ごちそうさまでした」
「…あぁ」
 
彼は目も合わせず、扉へと進む道を空けてさっさと帰れオーラを発している。その横を通り過ぎて、部屋を後にしようとした時。
 
「ドミニクも、もういいから」
「え…あ、うん」
 
ついで、と言った感じで投げかけられた声に、彼は一瞬動きを止め、私の後から部屋を出た。扉が閉まり、何と無くそのまま無言で立ちつくす。
 
「えーと、それじゃ?」
「…待て」
 
さっさと逃げ、いや、帰ろうとした私を呼び止める彼の声。アネモネの部屋に居た時は、まだマシだった視線が、今度は表情付きで私を貫く。
 
「少し話しがある」
 
来いと言って、歩き出した彼に、私は付いて行くしかなかった。
 
 
 
休憩室の窓際にあるテーブルに私は腰掛けていた。今日も空は青いなぁ。ことり、と目の前に置かれた物、その香りだけで見なくても何か解る。
 
「私コーヒー飲めないんだってば」
「あぁ、そうだったか」
 
だからと言って再び別の飲み物を取りに行く気はないらしく(もしくはわざとやってるのか)彼、ドミニクは私の向かい側の席に座った。アネモネとお茶をする時は、必ずミルクティーやココアのような甘い飲み物を出してくれるくせに。あぁ、それは彼女のためか。しばしの間、また無言のままだった。ドミニクがコーヒーを二口ほど飲み、私が明日も晴れるかな、などと考える程度の時間。
 
「…君はアネモネの何だ」
 
口を開いたのは、ドミニクの方だった。
 
「何だって言われてもね。親友?っていうか、姉妹?みたいな?」
「…」
 
私の答え方が気に食わなかったらしく、険しい顔がさらに険しくなった。そんなに眉間に皺寄せたら良くないんだぞ、なんて言っても、余計酷くなるだけだから止めて置こう。
 
「君はアネモネが好きなのか?」
「うん」
「…君は女性だろう」
「や、そういう意味なら違うけど」
 
何が言いたいんだろう、この人は。笑いそうになるのを堪える、そんな事を真剣な顔して聞いてくるから。いや、解ってる。解りきっている。どうしてドミニクがこんなにも真剣に、そんな事を聞くのかなんて。だから、嫌なんだ。
 
「妹みたいだとか、大切な友達だとは思ってる。でも間違っても変な目では見てないわよ」
「…そうか」
「っていうか失礼ね、そんな風に見てたの」
 
言葉に詰まったように、少し困った顔をする。まぁ、あの子の事で神経質になる気持ちも解らなくはない。大佐の事や、コーラリアンの事。何よりもあの子自身の事で、色々大変だろうから。解ってるんだけど。…嫌だったのよ。
 
「何にも解ってないのね」
「は?」
「別にー」
「何だよ…」
 
私はこんなにも貴方の事を解って居るのに、貴方は何も解ってない。私はこんなにも彼女の事を解って居るから、貴方に何も解らせない。
 
「本当、嫌になる」
「…?」
 
ドミニクは首を傾げたが、それ以上は何も言ってこなかった。コーヒーはすっかり冷めてしまっている。それでも飲む気にはならないけど。
 
「…また」
「ん?」
「また、来てやって欲しい。彼女の所に」
「じゃあ私に殺気向けるの止めて下さいね」
「う…」
 
殺気と言うか、つまりはただの嫉妬な訳だけど。
 
「き、貴様こそ、いつも挑発的な言葉遣いをするのはどうかと思うが」
「そんなつもりはないんだけどねー…」
 
いたって普通にしてるつもり。つもり、なだけで、実際は悪戯心が隠しきれてない、そんな感じ。
 
「それでは、私はこれで失礼する」
 
そそくさと立ち上がるドミニクに、私は黙って手をあげる事で答えた。
 
「あ、そうだ」
 
休憩室を出ようとした彼の背中に、私は声を投げかける。これも、隠し切れなかった事にしておこう。 
 
「好きかと聞かれればね、アンタの方が好きよ」
 
 

061225
 
 
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