思えば私はどうして調査兵団などに入団して人類の為にと命を懸けてまで巨人と戦う道を選んでしまったのか。訓練兵に志願したのも自分の意思などではなく、家が貧しく娘一人養うような余裕すらなかった為に仕方無しであったし、我ながらどんくさいことこの上無いと思うこの性格のせいで成績は下から数えた方が圧倒的に早いくらいだったので、精々駐屯兵団で毎日壁に補強材を塗りたくる仕事に就くのが関の山だろうと思っていたのに、どういう訳だか気付けば四年で九割の死者が出るような危険極まりない最前線に立っているのだから人生とは全く解らないものである。
 
なんて事を手持ち無沙汰になっている間に考えていたのだが、次第に頭に血が昇ってきたのか気分が悪くなってきた。地上約十数メートルの地点で木の枝にアンカーを突き刺したままその下で逆さまにぶらさがっている今の私はさながらクモかミノムシだろうか。先程巨人の手に捕まり掛けた際に装置とベルトの金具が破損してしまったらしいのだが、それにしたってなんてタイミングで壊れてくれるのか。駄目元で幾度目になるかも解らぬ操作を再度試みるけれど、カチャカチャと音がするだけでワイヤーが巻き取られもしなければガスすらも噴射してくれない。最後の手段としてワイヤーを切断して地面に降りる、というよりも落ちる方法が考えられたが、下を見れば三、四メートル級の小型の巨人が餌もとい私が落ちてくるのを口を開けながら今か今かと待っているので、それを実行に移せばまず間違いなく怪我をするどころか下手をすれば死ぬだろう。
 
そうした次第で早々に自力での脱出を諦め仲間の誰かが助けに来てくれるのを待っていた訳であるが、よりにもよってやって来たのが団長に次ぐ有力者であり兵団トップの実力者であり全兵士の憧れであるリヴァイ兵士長であったのだから運が悪いにもほどがある。
 
「……酷ぇ有り様だな」
「返す言葉も無いです…」
 
枝の上へと華麗に着地した兵長は眼下で無様にぶら下がっている間抜けな部下を見下ろしながら呆れたように言う。その様子が見てとれたのはほんの僅かな間だけで、根性の無い私は腹筋に力を込めて上を見続ける事にすぐさま限界を感じ再び脱力する。
 
「兵長…私などの為にお手を煩わせるのは大変申し訳無いんですが、どうか助けてくださいませんか…」
「……チッ、下手に動くんじゃねぇぞ」
 
渋々といった感じの声と共にアンカーを蹴り飛ばして外したらしい衝撃音が聞こえたかと思いきや、重力に従って身体が地面へと――厳密には待ってましたと言わんばかりの巨人の口へと向かい一直線に落下し始める。兵長を疑う気など毛頭無いが反射的に「ああこれ死んだな」と人生を諦めたところで巨人の口に頭を突っ込む直前、私の身体は横から強い衝撃を受けて吹っ飛ばされた。正しくは兵長の腕によって逆さまのまま抱えられて助けられた訳であるが、色々と容赦が無さ過ぎるだろう幾らなんでも。
 
「兵長、吐きそうです…」
「後にしろ」
 
別の木の上へと着地したところで無造作に降ろされ、震える声でお礼を言いながらも万が一本当に戻してしまった場合に備えて四つん這いの状態で兵長からなるべく距離をとる。彼が重度の潔癖性であることを知らない者は今期入団したばかりの新兵でもなければ存在しない。このような体たらくではあるが私は何だかんだでこれまで幾度か壁外からの生還を果たしてしまっているのだ、他の勇敢な兵士にいっそ申し訳が無い。
 
「前々から思っていた事だが……てめぇはつくづく兵士らしくねぇな」
「自分でも心底そう思います…」
 
何とか胃の腑の決壊を堪え、だらしなく伸びきったままになっていたワイヤーを手動で回収し始めた最中、兵長が呟く。そのように以前から気に掛けて頂いてただなんて光栄です、などという冗談が言える雰囲気でも相手でも無いのでそのまま素直に同意しておくと、兵長は解りにくい程微かに怪訝な表情を浮かべたようだった。というのも次いだ言葉が疑問に満ちていたのでそう感じただけだが。
 
「ならば何故続けている、お前が戦う理由は何だ?」
 
問われて漸く手元のワイヤーから兵長へと視線を向けたは良いのだが、返す言葉に窮した私はそのままの状態で思いきり眉間に皺を寄せてしまったので、兵長のお顔も平素より二割増しくらい険悪なものになってしまった。いや、決してガンの飛ばし合いがしたかった訳ではないというかそんな事をしたところで自分の負けが目に見えているのだがそうじゃなく。
 
「丁度先程やることというか出来ることが何もなかったのでそれについて考えたりもしてたんですが、すみません言いたくないです」
「……ふざけてんのか?」
「いえそんな恐れ多いことは決して。でも多分私がここにいる理由についても兵長からすればふざけてるように思われると思うので」
「いいから言え」
 
冗談なのかはたまた本気であるのか、光沢を放つブレードが首元へと突き付けられたので思わず息を飲む。咄嗟にそれらしい嘘の一つでも吐ければ良かったが生憎私は座学の成績も残念極まりなく、今にして思えば無事卒業出来たのも奇跡のようであった上にそもそも嘘を吐いたところで兵長を騙せる気が微塵もしなかったので、結局は諦めて本当の事を口にした。
 
「えーっと……多分、兵長の為、というか兵長のせい?です」
 
本当の事を口にしたというのに、やはりと言うべきか兵長は僅かに目を細めただけで刃の切っ先を下げようともしてくれない。それもそうだろう私だってこんなこと言われたら何の冗談だと思うだろうが然しこれが冗談では無いのだから笑えない。
 
「私がまだ訓練兵だった時に勧誘を兼ねて模擬演習を披露しに来てくださった事があったと思うんですけど、その時に見た兵長の立体機動術が素晴らしくて、あんな風に動けたら気持ち良いだろうなとか思いながらその後の訓練を頑張ってたらいつの間にか兵長が私の目標みたいになってまして。とはいえ私なんかがいくら努力したところで兵長の足元にも及ばないのは解り切ってるので、ならば少しでも役に立てれば良いなということで調査兵団を選んだのだと思います、その方が駐屯兵団で毎日壁を塗り固めてるより少しは意義が持てるかなとも思いましたし」
 
まあ実際のところは役に立つどころか足を引っ張ってばかりのような気がするんですけど、とは流石に言ってて虚しくなりそうだったので思うに留めておく。それでもどうやら兵長はある程度納得してくれたらしく、緩やかに刃先が降ろされた。
 
かと思いきや返した刃の背で強かに頭を叩かれた。
 
「バカかてめぇは」
「……全くもってその通りだと思いますが半端無く痛いです兵長」
「手間賃だと思って我慢しろ」
「加虐趣味でもお持ちなんですか……わあぁ、嘘です冗談です」
 
緩やかにブレードが上がり行く様を見て咄嗟に頭を覆い隠したけれどそれは頭上まで上がり切ること無く、丁度首元の位置で一度動きを止めた後に刃の面を使って器用に顎を持ち上げられた。怖いというか危ない、凄く危ない。
 
「良いか、今後また捨て身で飛び出しやがったら、その度にこうして殴られるという事をそのちっぽけな頭に確りと刻み込んでおけ」
「うっ、いや、でも」
「でもじゃねぇ」
「…わかりました」
 
辛うじて動かせる程度に小さく頷いてみせると、間を置いて刃が引き戻されていく。だが然し困った事にボンクラな私はいっそ捨て身にでもならなければ部下の一人も守れないので仕置きは免れそうに無い。
 
 

四無主義な迷惑隊長
title by 家出
140821

 
 
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