結局、再び目覚めた後も状況は何一つ変わっていなかった。落ち着きを取り戻した所で改めて話を聞くと、どうやら神社に行った際に、エレンが「ナマエさんと同じ人間になりたい!」と願ったのが、どういう訳か本当に叶ってしまったらしい。リヴァイの方は特にそんな事を頼んだ覚えは無いと言っていたので、一緒に巻き込まれる形になってしまったという事だろうか。
 
それにしても、これから如何したら良いのだろうか。リビングで二人の男性を前にしながら、私は改めて頭を抱えたくなった。犬と猫を飼うのと二人の男と同居するのとでは、かなり話が違って来る。金銭面の事もあるけれど、何よりも道徳的に問題があるように思う。
 
「元に戻る方法とかは、解らないの?」
「えっ…ナマエさんは、俺達が人間になって、嬉しく無いんですか…?」
「い、いや、そうじゃないんだけど…」
 
終始嬉しそうな笑顔を浮かべていたエレンの表情が、一変して今にも泣き出しそうなほど悲しげに歪められる。犬の姿であった時から特徴的だった大きな翡翠色の瞳に見詰められると、つい絆されてしまいそうになる。その視線から逃れる様にエレンの隣に足を組んで腰掛けているリヴァイの方へと目を向ければ、心底馬鹿にしたように鼻で笑われる。
 
「こうなっちまったのも自分の意思でって訳じゃねぇんだ、戻れと言われた所で簡単に出来る筈がねぇだろう」
「そ、そう、だよね…」
 
猫の姿の時から不愛想だったけれど、人間の姿になると目付きの悪さや威圧的な雰囲気も相俟って恐ろしささえ感じる。背はハンジよりも小さいというのに。結局、私の視線は膝の上へと置いた自分の手へと向ける事になった。居心地の悪い沈黙が流れる中で、リヴァイが小さく溜息をつくのが聞こえる。躊躇いがちに顔を上げると、鋭く真っ直ぐに向けられた視線に射竦められる。
 
「…はっきりさせなきゃならねぇ事は一つだけだ。お前はこの姿の俺達を飼えるのか、飼えないのか。…どっちだ」
「それは…」
「元に戻れる保証がねぇ以上、お前が出て行けと言うなら俺達はそれに従う他無い」
 
リヴァイの言っている事は正論だ。けれど、姿形が変わってしまったからといって、リヴァイとエレンが変わってしまった訳じゃない。見た目は人間でも、中身は猫のままなのだ。この家を出て行った後、彼等にどのように暮らして行けというのか。犬と猫を飼うのと、二人の男と同居するのとでは、全く話しが違う。それでも、私の答えは最初から一つきりだ。
 
「…今更出て行けだなんて、言う筈無いでしょ」
 
それを見越していたのかは解らないけれど、その言葉を聞いたリヴァイは何処か満足気にも聞こえる声で「そうか」とだけ呟く。対してエレンはといえば、感極まったかのように瞳にうっすらと涙を浮かべながら小刻みに震えていたのだが、次の瞬間勢い良く立ち上がり、
 
「ナマエさんッ!」
 
と叫んで軽やかにローテーブルを飛び越えたかと思うと、そのまま私に覆い被さるようにして抱き付いて来た。驚きのあまり停止していた思考は、大きな体躯にすっぽりと包み込まれた所で漸く我へと返る。苦しい程に締め付けて来る力強い腕は、相手が本当は犬だと解っていても非常に恥ずかしさを感じさせるもので、自分でもはっきりと解る程に顔中に熱が集まる。
 
「ちょっ、ちょっと、エレン…!」
「ありがとうございます、ナマエさん!」
「わ、わかったから…!」
 
犬の姿をしていた時はリヴァイが滅多に撫でる事すらもさせてくれない分、私の方から散々エレンに抱き付いたりしていたものだが、何と無く今の身体に触れる事は躊躇われて、抱き締め返す事はおろか突き放す事も出来ず、中途半端に腕を浮かせたまま戸惑っていると、程無く頭上の方で鈍い衝撃音が響き、途端にエレンの身体から力が抜けた。凭れ掛かって来る人一人の重量に押し潰されそうになった時、リヴァイがエレンの襟首を掴んで後方のソファーへと放り投げる。ローテーブルに足をぶつけて背中からソファーごと床にひっくり返ったエレンは、完全に意識を失っているようだった。
 
「リ、リヴァイ…!なにもそこまでしなくても…!エレン、大丈夫!?」
「放っておけ、死にやしねぇ」
「もう!なんでそう乱暴なの…!」
「今更だな。…それとも何か?泥水を啜って生きてきたような野良が、優しく紳士的な性格をしているとでも思ったか」
「そ、そうは言ってない、けど…」
 
エレンの傍らに駆け寄って床に両膝をつき、その頭に手を添えて瘤こそ出来ているが出血等はしていない事を確認しながら、聞こえて来たリヴァイの言葉にほんの少しだけ唇を噛む。紳士的とまでは言わずとも、綺麗好きで物静かな性格だと感じていたので、正直なところ元は野良猫であった事など忘れかけていた。然し、それは私が知らないというだけで、本当は血の滲むような苦労をして来たに違いない。安易に否定の言葉を口にしてしまった事で、リヴァイを傷つけてしまったのでは無いかと、僅かながらも後悔に苛まれた時。
 
「…それよりも、今は重要な事があるだろう」
 
と、これまで以上に真剣な声が聞こえて来たので、私は俯かせていた顔を上げる。見上げたリヴァイの横顔は酷く真面目な様子で深刻そうに歪められていて、続く言葉に思わず身構えた、のだが。
 
「前々から気になっていたんだが、テメェの掃除は甘過ぎる。部屋の隅に毛や埃が落ちたままだ。早急に片付けるぞ」
 
その口から発せられた言葉は、やはりどう考えても猫らしさの欠片も無いものだった。

 
 

【私雨(わたくしあめ)】 ある限られた土地だけに降る雨。転じて個人の利得の意。
140424
 
 
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