「そういえば、前に話してた例の猫、結局飼う事にしたんだって?」
 
昼の休憩時間、ハンジがふと思い出したかの様に振って来たその話題に、食事の手を止め頷きながら答える。
 
「うん。もう、あんな不安な思いはしたくないし」
 
例の猫というのは、勿論リヴァイの事である。ハンジには前々から、雨の日にだけやって来る不思議な猫がいるという話をしていた。オカルトといった所謂未知の現象を科学によって検証、解明する事を趣味としているハンジならば、何か感じる所があるのでは無いかと思ったからだ。当初の見解としては単なる雨宿りが目的では無いかとの事だったが、その後のやり取りを聞いた今では、前世で何らかの繋がりがあったのかも知れないという説に一先ずは落ち着いている。尤もハンジにしてみれば冗談なのだろうけれど、実際の所、私はその可能性が一番納得が行くような気がしている、というのはここだけの話しだ。
 
「そっか。まあ台風が来る度にナマエが無茶するのも困るしね」
「そこは反省してるってば…」
 
からからと笑うハンジに対して、私は渋い顔をしながら掴み損なったサラダのトマトを突く。退院してからもう暫く経つというのに、未だにこうして引き合いに出されてしまう。それだけ心配を掛けたのだと思えば文句など言えようも無いけれど、如何に自分が軽率であったかを自覚している今となっては、申し訳無さやら恥ずかしさやらも倍増するというもので、ついそうした態度を取ってしまうのだ。
 
「ごめんごめん。それにしても、其処まで思われてる猫達がいっそ羨ましい位だよ。リヴァイとエレンだっけ?私も会ってみたいなぁ」
「だったら今度の休みの日にでも遊びに来る?」
「え、良いの!?」
 
別段拒否する理由も無いと頷いて見せれば、ハンジは実に嬉しそうな顔で「行く行く!」と答える。その後、ついでに昼食を一緒に取ろうという話になり、最終的には昼前頃に家に来るという事で纏まった。
 
 
 
 
 
そして迎えた当日。昼食の下準備をしていた所へチャイムの音が鳴り響き、来客を告げる。インターホンに出ると「私だよー」という声と共に、見慣れたハンジの笑顔がモニターに映し出された。逸早く玄関に向かい待機していたエレンを避けて扉を開けると、ハンジが軽く片手を上げる。
 
「こんにちはー、お言葉に甘えて遊びに来たよー。はいこれ、お土産」
「いらっしゃい。そんなの気にしなくて良かったのに」
「良いから良いから、思えば退院祝いもきちんと渡せて無かったしさ。ところで、その子がもしかしてエレン?」
 
不意に私の足元へと向けられたハンジの目線を追う様にして半歩程後ろを見やると、知らない相手に急に自分の名前を呼ばれて戸惑いでもしたのか、落ち着かない様子でこちらを見上げるエレンの姿があった。
 
「そう、この子がエレン。リヴァイは今リビングに居るよ」
「うっはぁ!滅茶苦茶可愛いッ!ねえねえ、触っても良い!?」
「い、良いけど…」
 
許可を求めておきながら、返答を聞き終えぬ内にハンジはエレンに飛び付いた。驚いたエレンが「ワウッ!」と声を上げるのも構わず、撫でるというより最早抱き付く勢いでその毛並みを堪能するハンジ。「物凄くモフモフしてる!あったけぇ!」と歓喜の声を上げるその様子に、彼女はそんなに犬好きだっただろうかと疑問を浮かべつつ苦笑する。元々エレンはあまり人見知りしない事もあって、戸惑いながらもされるがままとなっていたのだが、流石に若干苦しそうにも見えたので、程無くハンジの肩を軽く叩き、その意識をこちらへと引き戻す事にした。
 
「玄関じゃなんだから、取り敢えず中に入ってよ」
「ああ、そうだった!あまりの可愛さについ我を忘れそうになったよ」
 
パッとハンジの身体が離れるのと同時に、エレンが一歩、二歩と後退ったかと思うと、くるりと反転してリビングの方へと駆けて行った。思ったよりも吃驚していたのだろうか、少々悪い事をしてしまったと思いながらもその後を追う様にして私達もリビングへと移動する。ハンジに適当に掛けて待っているよう言って、私は昼食の支度をしようとキッチンに向かおうとした、のだが、その直前で玄関での事を思い出し、一言伝えて置かなければと慌てて振り向く。
 
「ハンジ、あのね、リヴァイなんだけど…」
「初めまして、君がリヴァイだね!」
 
然し、残念ながら時既に遅かった。エレンの時と同様のノリと勢いでリヴァイに触れようとしたハンジの顔面目掛けて、鋭い一閃が走る。
 
「いってえぇぇぇッ!」
「だ、大丈夫!?」
 
悲鳴と共に顔を押さえて大きく仰け反ったハンジの元へと駆け寄ると、丁度鼻の辺りに小さな引っ掻き傷が出来てしまっていた。
 
「ごめん、今言おうとしたんだけど、リヴァイはエレンと違って人見知りが激しいっていうか、触られるのがあまり好きじゃ無いらしくて」
「あはは、流石は野良育ちだ、警戒心が強いんだね!」
「取り敢えず洗面所で傷口を洗って来てくれる?その間に薬と絆創膏用意しておくから」
「良いよ良いよ、このくらい舐めて置けば治るって」
「駄目、雑菌が入ったら困るでしょ」
 
ハンジの背を押し洗面所へと押し込んでから、救急箱を取り出し、消毒薬等を準備する。
 
「もう、何も引っ掻く事は無いでしょ?」
 
飛び付こうとしたハンジも確かに悪いけど、と、リヴァイに渋い顔を向けて見ても、当の本人は何処吹く風といったように、すまし顔のままそっぽを向くだけ。仕方無く溜息を吐き、戻って来たハンジを椅子に座らせて、脱脂綿を使って丁寧に傷口を消毒してから薬を塗って絆創膏を貼って置く。後日傷が化膿するようだったら病院に行くようにと言い聞かせて置いたけれど、果たして聞いているのかいないのか、その後も全く懲りていない様子で何かとエレンとリヴァイにちょっかいを出していたせいで、ハンジはすっかり二匹から警戒されてしまったようだった。リヴァイはといえば、ハンジが近付こうとするだけで毛を逆立てて怒り出し、エレンですら、呼べば来るものの、その他の時は極力ハンジから離れた場所に行くようになってしまった。尤もハンジ自身は微塵も気にした様子は無く、終始笑顔であった上に、帰り際には「また遊びに来るね!」とまで言っていたのだけれど、ハンジが帰った後、ひしひしと向けられる二匹の物言いたげな視線に、私は非常に居た堪れない思いをする羽目になるのだった。

 
 

【篠突く雨】 篠竹を束ねて突きおろすように、大粒で強く激しく降る雨。どしゃぶりの雨。
140417
 
 
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