* 微裏
 
 
 
 
 
「うつ伏せで眠ると淫夢を見るそうですよ」
 
横からそんな言葉が掛かったので、枕に突っ伏していた顔を横へと動かしてそちらを見やる。手放しかけていた意識を引き摺り戻された不愉快さを隠す事無く表情へと表しながら、窓から射す月明かりを背に、布団の上で上体を起こしてこちらを見下ろしているその男、ヘイハチに問うた。
 
「…で?」
「いえ、ナマエさんの姿を見ていたら、ふとそんな話を思い出しまして」
 
そんな事でわざわざ起こしたのかと、私が低い呻き声を発するのも気にせず、ヘイハチはいそいそと自分の布団へと潜り込む。うつ伏せになって。
 
「…淫夢を見るんじゃないの?」
「今見るとしたらお相手は確実にナマエさんとだと思うので、私としたら寧ろ見てみたいと言いますか」
 
枕の下に腕を差し込みながら、顔だけをこちらへと向けるヘイハチ。その笑顔は見掛けだけならばいつも通りのそれであったが、その口から漏れた「うふふ」という笑い声は私の背を粟立たせるのに充分過ぎる効果があった。今更ながらこの男と相部屋になった事を後悔する。ゴロベエやリキチのどちらかが相手であれば、今頃は安眠を貪れていただろうに。
 
「もしそういった夢を見て身体が疼いてしまったら、遠慮無く仰って下さいね。喜んでお相手致しますので」
 
にこにこと尚も胡散臭い笑みを浮かべるヘイハチに観念して、身体ごと横へと向ける。この時点で眠気などというものは疾うに失せてしまっていたのだから、仕方が無い。
 
「そういうヘイハチの方が、余程溜まっているみたいだけど?」
「おや、ばれました?何分虹雅峡でカンベエ殿やナマエさん達と出会ってから、そうした事とはとんと無縁でしたので」
 
難儀なものですよねぇ、なんて言うヘイハチの口振りは言葉とは裏腹に弁明の色など微塵も含まれていない。最初からこれが目的で部屋割りの話を誘導していたなと、今更ながらに思う。
 
「それに、村へと着いたら益々こんな事はしていられないでしょうし、今しか無いと思いまして。…で、どうです?」
 
笑みを浮かべるばかりであったヘイハチの片目がぱちりと開き、まともに視線がかち合う。私は短い溜息をついて瞳を閉じると、ごろりと仰向けに転がって、片手で夜着を押し上げた。温まっていた布団の中へ、待ってましたと言わんばかりにするりとヘイハチが入り込む。閉じていた瞼を開くと、私を見下ろすしたり顔が見えた。もう一度だけ溜息をつく。
 
「一応お聞きしておきますが、私の為に仕方無く、ではありませんよね?」
「まさか」
「それなら良かった。では、遠慮無く」
 
頂きます。その言葉尻は互いの口内へと消えた。舌を絡め取られ、寝巻の隙間から滑り込んできたヘイハチの手が私の身体を這うのを感じながら、こんな風に人と肌を重ねるのはいつ以来かと考える。あれは、そう、確か大戦が終わる前。来る最後の戦を控え、昂る気持ちのままにお互いを貪りあったのが最後。奇跡的に再会を果たせたものの、その頃にはもう私への気など失せてしまっていたらしく、その様な話が出る事は一切無かった。尤も、農民に雇われ野伏せりを斬りに行く、その為の同志を募っているなどという状況の中では、当然であるとも言えたが、此度の旅路で私をわざわざ別の班へと加えたという事は、つまりそういう事なのだろう。項から鎖骨へ、鎖骨から胸元へ。徐々に顔を降ろして行くヘイハチの橙色をした髪に手を添えた時、自らの手に刻まれた六花弁がちらついて、言い知れぬ想いが胸を焦がした。
 
 

131119 → 140329
title by ヨルグのために
 
 
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