「その節は本当にお世話になりました」
 
晴れてリヴァイも家族の一員となり、一緒に暮らし始めて暫くした頃。何かとお世話になった動物病院へとお礼に伺うと、当時の事を詳しく話して聞かせてくれた。私が足を滑らせ意識を失った後、エレンの吠え声によって救助隊の人達が私達の存在に気付き、助けに来てくれたらしい。あの時はとにかくリヴァイを離さぬようにと必死であった為、腕に力を込め過ぎて苦しい思いをさせてしまったのでは無いかと不安だったが、実際には思ったよりも全く力が入っていなかったようで、ただ腕の中へと抱え込んでいるだけの状態であったそうだ。それでも雨風からは守れたようで、リヴァイが助かったのは貴女のお陰だと言われた時は心から安堵した。
 
また、場所が神社であった事にも何か意味があったのかも知れないと言われた。聞けばあの神社は動物に纏わる神様が祀られているのだそうだ。そこで。
 
「…エレン!リヴァイ!お参りに行くよ!」
 
家に帰ってすぐ、リビングで寛いで居た二匹に向かってそう声を掛けると、エレンは散歩に行けると分かるなり飛び起きてはしゃぎ始めたのだが、リヴァイはほんの少し顔を持ち上げただけで直ぐにまた蹲ってしまった。ので、その首根っこを摘まみあげ、キャリーバックに放り込む。
 
「一番お世話になってたリヴァイが来なくてどうするの」
 
露骨に不満気な唸り声をあげるリヴァイだったが、それを聞いて渋々ながらも大人しくついて行く事にしたようだ。急かすエレンの首輪にリードを繋ぎ、皆で揃って家を出る。あの日は神社へと辿り着くまでに気が遠くなる程の時間が掛かったように思われたが、晴れの日に歩いてみると十分程で行く事が出来た。相変わらず寂れた雰囲気で、空き缶といったゴミも幾つか落ちている。掃除道具でも持ってくれば良かっただろうか、等と考えながら、足元に落ちていた缶を拾い上げてビニール袋に入れておいた。
 
社の前に立ち、財布から取り出した小銭を賽銭箱へと入れる。小さな鈴を軽く鳴らし、深く礼をしてから二度ほど手を打ち鳴らし、合掌しながら瞼を閉じると、神妙な雰囲気に気が付いたのか、横に並んだエレンも何時の間にやら大人しくなっていた。私達を助けてくれた事、奇妙な縁を結んでくれた事。これまでを振り返って熱心に祈りを捧げていると、不意に誰かの声が聞こえて来る。
 
「その願い、確かに聞き届けたぞ」
 
驚いて顔を上げるも、周囲に人の姿は無い。そもそも私はお礼はしても願い事などしていないというのに、聞き届けたとはどういう事なのだろう。エレンは既に飽きてしまったのか落ち着き無く動き回っており、リヴァイはといえば、バッグから顔を覗かせていたものの、私と目があった途端、もう良いだろうとばかりに中へと引っ込んでしまった。幾ら耳を澄ませてみてもそれ以降は何も聞こえる事無く、結局は空耳だったのだろうとその場は納得しておいた。
 
だが、翌朝になってとんでもない事態が起きた。
 
 
 
 
 
「ナマエさん!ナマエさんっ!」
 
聞き覚えの無い男の声で目覚め、何事かと疑問符を浮かべた所で、ここが自室である事を思い出して飛び起きた。一人の少年がベッドの横に屈み込み、無邪気な笑みを浮かべてこちらを見詰めているも、会った事はおろか見覚えすらも無い相手に、私の頭は一瞬にして真っ白になる。
 
「だっ、えっ、誰…!?」
 
いっそ少年が刃物を持って金を出せと凄んで来たなら、驚きと恐怖の中でもとにかく事態は把握出来たのだろうが、目の前に居る少年は見るからに無害そうであるばかりか、何やら嬉しそうですらあり、大きな翡翠色の瞳が輝いているように見えた。そこでふと、違和感に気付く。もしも家に不審者が入って来たならば、真っ先にエレンとリヴァイか気付いて知らせてくれる筈。なのに今は鳴き声一つ聞こえて来ない。まさか、でも、もしかしたらと脳裏に浮かんだあまりにも非現実的な想像は、少年の明るい声により紛れも無い現実となった。
 
「俺です!エレンです!」
 
おお、ジーザス!
 
「ちょ、ちょっと待って……一体何がどうなって」
「おい、いつまで寝てるつもりだ、グズ野郎」
 
額を押さえながらエレンに制止の言葉を掛けた所で、今度は入口の方からドスの効いた声が聞こえて来る。恐る恐る顔を上げると、其処には見るからにガラが悪そうな顔付きをした男が立っていた。まさか、まさかまさか。
 
「リ、リヴァイ…?」
「以外の誰に見える」
「いや、あの、だって…」
 
貴方は猫の筈でしょう?なんて当たり前事すら言える雰囲気では無く、軽い眩暈すら覚える。完全に常識の範疇を逸脱してしまったこの出来事を、それでも何とか理解しようと脳が急速に回転した結果、私は一つの結論を弾き出した。そうか、これはきっと、夢なんだ。そう思った途端、やけにあっさりと気分が落ち着き、
 
「っ、オイ!」
「ナマエさん!?」
 
そのまますとん、と意識の方もシャットダウンされた。

 
 

【外待雨(ほまちあめ)】 局地的な、限られた人だけを潤す雨。
140316
 
 
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