幸いな事に、犬の怪我は見た目程に酷いものでは無かったようで、傷の消毒と抗生物質の投与のみで後は自宅にて安静にするようにとの指示を受けた。意識を失ってしまったのは栄養失調による衰弱が原因であり、怪我の理由も他の動物との争いによるものらしい。暗に保健所への引き渡しを勧められたが、家でリヴァイが待っている事もあり、きっちりと治療費を払った上で連れて帰る事にした。飼うのならば後日ワクチン等の接種を受けに来るように、といった一通りの説明を受け、病院で傘を借りて家へと戻ると、普段は決して室内の奥へと足を踏み入れる事の無かったリヴァイが玄関で私達の帰りを待っていた。
 
「…ただいま」
 
何と無く黙ったまま通り過ぎるのも気が引けた為に、それと無く声を掛けながら部屋へと上がる。ソファーへと犬を降ろすと、後から付いて来ていたらしいリヴァイがその横へと軽やかに飛び乗り、微妙な距離を空けて座り込む。そういえばこの二匹は一体どういう間柄なのだろうかと、一息ついた所で頭の隅へと追いやっていた疑問が再びその存在を主張し始めるも、尋ねてみた所で明確な答えなど返って来る筈も無い。中々如何して上手く行かないものだと、諦め交じりの溜息を吐くと、いつの間にやらリヴァイが犬の方から私の方へとその視線を移していた。
 
この頃には既に、猫と目を合わせてはいけない等という話はすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。猫にとってはあまり好ましく無い行為であるらしいのだが、リヴァイはそんな事はお構い無しとばかりにこちらを見てくる上に、こちらが見詰め返した所で別段苛立ちを見せる訳でも無い。そういった特徴は飼い猫によく見られるらしいので、リヴァイも元々は誰かに飼われていたのかも知れない。そんな事を思いながら、何の気無しにその目を見詰め返していると、やがてリヴァイは再び犬の方へと顔を向ける。釣られるようにして私も犬へと目を向けた所で、大切な事に気が付いた。あの場は勢いで連れ帰って来てしまったが、本当に飼うとなったなら相応の準備をしなければならない。リヴァイの為に猫用の餌は幾つか取り置きがあるものの、犬用の物は何一つとして無い。まずは必要な物を調べて買い物に行かなければと思った時点で、この犬を手放すという選択肢は既に頭の中から消え去っていた。
 
不意にリヴァイが立ち上がった所で、私の思考は一時中断される。そのまま窓辺へと歩いて行く様子を眺めて居る内に、いつの間にか雨が止んでいた事に気付く。予報外れの雨は降り出すのも突然ならば、終わるのもまた突然らしい。雨が止んでしまえばリヴァイはこの家を出て行ってしまう。それは私達にとって必然とも言える決まりであったが、今日は普段とは訳が違う。弱り切っているとはいえ、拾ったばかりの犬を置いて家を空ける事は躊躇われる。留守の間に意識を取り戻し、もしもの事があったりしては大変だ。リヴァイは猫であるとはいえ、この犬とは多少なりとも面識があるようだし、そもそも犬を連れて来たのはリヴァイなのだから、私一人に押し付けてさっさと帰ってしまうのは聊か無責任では無いだろうか。そんな理屈が猫相手に通じるとは思えないが、それでもやはり、言葉にせずにはいられない。
 
「リヴァイ、もう少しだけ、この子と一緒に居てくれないかな…?」
 
名前を呼ばれた事でリヴァイはその足を止め、こちらを振り返るけれど、その顔はすぐにまた窓の外へと戻されてしまう。矢張り言葉の意味を理解している訳では無いのだろう。あまりにも自然な反応を返してくれるものだから、もしかしたらと妙な期待をしてしまったのだ。人と猫とが互いに理解し合う事等、出来る筈が無いというのに。
 
そうして、雨の時だけ私の元を訪れる様に、晴れた時には行くべき場所があるのかも知れないと思い直し、窓を開けてやるべく私もリヴァイの傍へと歩み寄った所で、ぽつり、ぽつりと、再び雨粒が地面を濡らし始める。その勢いは徐々に強まり、見る見るうちに先程までと変わらぬまでに戻ってしまった。何とも言えぬ空気が流れる中、私とリヴァイは窓辺で立ち尽くす。私の意思で雨が降り出した訳では無い筈だが、何故か居た堪れぬ気持ちに苛まれていると、やがてリヴァイは踵を返し、ソファーの方へと戻って行った。渋々、という表現が正しいかどうかは解らないけれど、その背は何処か不満気にも見えて、少しだけ微笑ましくなる。
 
「有難う、リヴァイ」
 
笑いながらお礼を言うと、リヴァイは不貞腐れたようにソファーの上で丸まった。

 
 

 

【遣らずの雨】 訪れてきた人の帰るのをひきとめるかのように降りだした雨
140316
 
 
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