ぱちぱちと燃え爆ぜる火をただぼんやりと眺める。この光景を、もう何度目にして来ただろう。そしてこれから後何度目にする事になるのだろう。いつか私もこの火に焼かれて骨になるのだろうか。それとも私の身体は何処か遠くの場所でひっそりと朽ちていくのだろうか。それは多少なりとも原型を留めているのだろうか、潰れて顔も解らなくなってしまっているだろうか、どろどろに溶けてただの肉塊と化しているのだろうか。考えれば考えるほど、自らの最後が鮮明に浮かび上がってくる。今まで目にしてきた同僚や友人達の死に様に、自分の姿が重なって見える。泣き叫ぶ者、最後まで抗おうとする者、諦めて覚悟を決める者。私は最後の瞬間に、一体何を思うのだろうか。最後まで兵士として誇り高く在れる自信は無い。
 
一際大きく音を立てて燃え尽きた木が崩れ落ちる。ぱらぱらと火の粉や粉塵が舞い散る様を眺め、煙の行く先を追う。真っ暗な空には月と星のか弱い光しかない。彼らは迷わずに辿り着く事が出来るのだろうか、ふとそんな事を考えている自分に気付き、自嘲気味な笑みを浮かべた。死んだ人間が、一体何処へ行くというのか。
 
「何か可笑しな事でもあったか」
 
不意に聞こえた声に視線を向ければ、そこにはいつもと変わらぬ険しい表情を浮かべたリヴァイ兵長の姿があった。「いえ、なにも」と短く返事をして、私は再び空へと視線を戻す。いつか何処かの文献で死後の世界について読んだ事を思い出した。それによると死者の魂は生前の行いによって天国か地獄のどちらか一方の世界へと連れて行かれるらしい。善い行いをした者は天国で安らかな時を過ごし、悪い行いをした者は地獄に落ちて永劫の苦しみを味わうのだとか。ならば人類の為に命を賭して戦った者達は皆天国とやらに行くのだろう。今頃は皆で平穏な時を過ごしているのだろうか、巨人の居ない天国という世界で。ああ、だとすれば人類は皆死して天国へと行けば良いのでは無いだろうか。そうすれば、自由になれる。壁とも巨人とも、煩わしい肉体さえもおさらばだ。
 
突然肩を掴まれて私の思考は中断された。振り向けば先程よりもさらに表情を険しくしたリヴァイ兵長が立っていた。まだ居たのか、なんて立場も弁えずに思う。
 
「…何か」
「下らねぇ事考えてんじゃねーよ」
「私が何を考えてたのか、解るんですか?」
 
そんな筈がある訳無いと嘲笑染みた笑みが浮かびそうになったが、兵長があまりにもはっきりと言うものだから、私は思わず開きかけていた口を閉ざす。
 
「死にてぇって面してる」
 
自分の瞳が揺れたのを感じた。兵長は眉一つ動かさずにじっと私を見詰めている。そんな事ありませんよだとか、それってどんな面ですかとか、咄嗟の言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えて行ったけれど、結局何一つ口から音になって発せられる事はないままだった。困り果てて眉を顰めた所で、兵長がようやく私の肩を掴んでいた手を離してくれたので、私は再び燃え盛る火の方へと顔を戻した。火の粉が躍る。
 
「…死にたいと、思った訳じゃあありませんよ」
 
気付けば私は無意識の内に言葉を発していた。
 
「だって、死ぬのは怖いじゃないですか。死んだ後の自分がどうなっちゃうのかも解らないんですよ?魂だけ何処か別の世界に行くのか、それとも自分という存在は跡形も無く消えてしまうのか、何にも解らないんですよ。怖いじゃないですか。でも、もしかしたら、死んだ方が楽になれるんじゃないかなって、幸せになれるんじゃないかなって、そう悪い可能性ばかりでも無いんじゃないかなって」
 
がむしゃらに生きていくには辛過ぎて、けれど留まる事も出来やしない。だったらいっそ、ここでは無い別の世界を夢見たって良いじゃないか。そんな事を思っただけだ。別に、死にたい訳じゃない。ただそうするには死ぬしか方法が無いだけだ。
 
「…どうして、こんな世界に生まれて来ちゃったんですかねぇ…」
 
別の世界があるかも解らないのに、そんな事を呟く。それは私を生んでくれた父や母に申し訳の無い言葉ではあったけれど、そんな二人も仲良く巨人に食べられ今はこの世に居やしないのだから、娘の気持ちも多少は解ってくれると思う。私はその場にしゃがみ込んで、足元に生えていた草を千切って投げた。
 
「なぁ、」
 
疑問の色を多分に含んだ兵長の声が、不貞腐れた私の思考を現実へと引き戻す。見上げた兵長は視線だけを私へと向けながら、変わらぬ声音でこう問うた。
 
「その別の世界とやらがここよりマシな保証が、何処にあるんだ?」
「…そんなもの、ありませんよ。ありませんけど、でも、もしかしたらって可能性が…」
「ねぇだろうな」
「…は?」
「てめぇみてーに現実から目を背けて逃げ出してきた連中の集まるような場所が、良い場所であるはずがねぇだろうが。少なくとも俺は、そんなクソみてーな世界に行きたいとは毛ほども思わねぇ…」
 
今は炎の方へとその視線を向けてしまった兵長の横顔を、私は食い入るように見詰めてしまう。何故この人はあるかどうかさえ解らない世界の事についてこうもはっきり物が言えるのだろう。けれど兵長の語るそれは願望でしかない私のそれよりも遥かに説得力があるように思えてしまうのだから不思議だ。
 
「そんな下らねぇ事を考える暇があるなら、今のこの世界が少しはマシになるよう、まあ、精々努力でも何でもした方がよっぽど良いと思うがな」
 
そう言った兵長は黙ったままの私を一瞥すると、背を向けてこの場を去って行った。後に残されたのは燃え尽きようとしている火と、誰の物かも解らなくなった骨と、私だけ。このままじゃ私は地獄行きだなと、何と無く、そんな事を思った。怠惰や自死が罪であるなど、誰が言ったか知らないけれど。
 
 

131104
 
 
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