「キララ君は元気ぃ?島田カンベエ君」
 
牢の中で静かに目を閉じていたカンベエの耳に、不似合いなほど明るい声が飛び込んで来る。柱に凭れかかっていた身体をゆっくりと起しながら視線を向けた先には、蛍屋で会ったあの青年…ウキョウが格子に手をつき立って居た。
 
「勅使を斬ったなんて嘘なんだってねぇ、天主さんが言ってたよ?随分と割に合わない事をしたねぇ。処刑を待つ気分って、どんな感じだい?」
「…此処で何をしている」
 
それまで黙ってウキョウの言葉を聞いて居たカンベエが、一言だけ、そう問うた。ウキョウは邪悪とも言える様な笑みを湛えて即答する。
 
「天下を取りに来たんだ」
 
その言葉に込められた意味は、流石のカンベエでも読み切る事が出来なかった。瞳の奥に、燃えるような荒々しい欲望と深い暗闇を抱えながら、微塵もそれを表には出さない。ウキョウはそうした術に長けた男だった。ウキョウは何事も無かったかの様に、格子に顔を寄せ囁くような声で言う。
 
「本当の下手人は、この中に居るよ」
「…勅使を斬ったのはお主だな」
「僕は頼みを聞いただけさ。勅使が生きてると困る人が居るんだよねぇ」
 
真相を悟ったかのようなカンベエの様子を見て、ウキョウは何処か楽しそうでさえあった。それはさながら、見事に成功した悪戯をこっそりと自慢する子供の様に。ところで、と潜めていた声を普段の調子戻し、同時に格子からも身を引きながらウキョウが言う。
 
「実はカンベエ君に聞きたい事があるんだよねぇ。蛍屋で君達と一緒に居た、もう一人の女の子の事なんだけどさ」
 
すぐにナマエの事だと気付いたカンベエは、僅かに目を細める。その様子を見たウキョウは殊更嬉しそうに口元へ綺麗な弧を描いた。
 
「あの娘の名前、なんて言うの?まだ君達と一緒に居るの?刀を持っていたようだったけど、もしかしてあの娘もサムライ?」
「…答える気は無い」
「教えてくれたら、特別に此処から出してあげても良いんだけどなぁ」
 
その言葉に驚いたのは、カンベエでは無く部屋に控えていたテッサイ達だった。然し、カンベエだけは端からそのつもりが無い事を理解しているのか、ただ自分の顎鬚を撫でるだけである。それはカンベエが考え事をする時の癖であるという事を知る者は、今この場には誰も居ない。
 
「何故、そこまでしてあの娘の事を知りたがる」
「気に入ったからさ、僕は彼女を何としてでも手に入れたいと思ってる。それこそ、どんな手を使ってでも、ね」
「…手に入れて、どうする」
 
ウキョウの纏う雰囲気に何か得体の知れぬ不気味さを感じ、カンベエの声は思わず低くなる。ナマエに手を出せば容赦しないと言わんばかりに睨みつけた所で、所詮は檻の中と外。ウキョウは益々笑みを深めるだけで、それには何も答えようとはしない。
 
「死を待つだけの哀れな君に、一つ良い事を教えてあげるよ。あの娘は今、虹雅峡に来てる」
「な…っ」
「僕がずっと探させていたからね、まず間違いないと思うよ。…さて、如何してあの娘はこんな街中までのこのこと出て来ちゃったんだろうねぇ?もしかして、君の事を追い掛けて来てくれたのかなぁ?」
 
カンナ村での戦で怪我を負ったナマエは、当然まだ村で養生しているものと思っていたカンベエは、予想外の話しに戸惑いを隠す事が出来なかった。それを見たウキョウは満足気に笑うと、くるりと向きを変えて部屋の外へと歩いて行く。
 
「心配しなくても大丈夫だよ、島田カンベエ君。君が居なくなっても、あの娘の悲しみはこの僕が癒してあげるからさ。ずっと、ずぅっとね」
 
ぐっと息を飲むカンベエの突き刺さるような視線を背に受けながら、ウキョウは部屋を出て行った。二人のやり取りを聞いて居たテッサイは、暫く歩いた所で遠慮がちにウキョウへと尋ねる。
 
「…あの娘がキュウゾウと共に居た事を、何故言わずに置いたのですか?」
「そんな事教えちゃったら、カンベエ君は安心しちゃうでしょ。キュウゾウが居るなら心配無いやって」
「はぁ…」
「あれはあの娘の事を教えてくれなかったカンベエ君への罰だよ、ばーつ」
 
良い気味だと言わんばかりにふん、と鼻を鳴らすウキョウと、それを複雑な思いで見詰めるテッサイ。この時、二人は知らなかった。キュウゾウが何故ナマエと共に居るのか、それはキュウゾウがナマエに対し強い執着を持っているからだという事を。そして、カンベエはそれを知っているという事も。カンベエは牢の中で身動きの取れぬ自分に代わり、キュウゾウがナマエを守ってくれるようにと、ただ静かに願っていた。

 
 
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