翌日の早朝。朝靄の中、私はキララさんと共に桔梗の花を摘みに来ていた。祈祷を行う際、キララさん達のご両親やご先祖様が祀ってあるご本尊に供えるのだそうだ。昨夜、物見の男が斬られた事によって村からの連絡が途絶えた野伏せり達は、既に私達が村に入っている事に気付いただろう。いつ襲ってきても可笑しくは無い状況に、村には静かな緊張感が張り詰めていた。
 
「…もうすぐ、戦が始まるのですね」
 
ぽつりと、隣で花を摘んでいたキララさんが呟く。私も花へと伸ばし掛けていた手を止め、身体を起こした。
 
「ナマエさんは、どうなされるおつもりですか?」
「私は…」
 
戦が始まった時、どうするか。本当の事を言ってしまえば、怖い。戦う事を自分に誓ったとはいえ、自ら進んで前線に立ちたいと思う程、そう都合良く心は動いてなどくれない。出来る事なら、避ける事の出来る戦いならば、そうしたいと考えてしまうのが本心だ。けれどそれを、不安そうな面持ちのキララさん相手に言う事は出来ない。私は曖昧な笑みを浮かべて、僅かに首を傾げながら答える。
 
「私は、カンベエさんの指示に従います」
 
必要とあらば、カンベエさんは私にも戦う様に言うだろう。もしかしたら、それ以外にも必要な仕事があるかも知れない。何にせよ、私が一人で勝手に決められる事では無いと、困った様に肩を竦めて見せる。尚も暗い表情を浮かべるキララさんに、私は出来るだけ明るい声で言う。
 
「大丈夫ですよ、皆ここまで一生懸命頑張って来たんですから。ヘイハチさんの武器も何とか間に合いそうですし、キュウゾウさんの指導も…正直、最初はどうなる事かと思ってしまったんですけど、昨日の夜に様子を見に行ったら、皆見違えるほど上達してたんですよ?力を合わせて野伏せりにあたれば、絶対に勝てます。だから、大丈夫です」
「ナマエさん…。そう、ですね。私達が弱気になって居てはいけませんね」
 
少しだけ元気が出て来た様子に、ほっと息をつく。それからもう少し花を摘み取った後に家へ戻ると、そこにはカンベエさんとカツシロウさんの姿があった。おはようございます、と小さく頭を下げた後、家で待っていたコマチちゃんとも一緒になって、私達は摘んで来た花を花瓶や本尊へと活け始める。各々が落ち着いた所で、キララさんがその手を止めぬままに、カンベエさんへどうかしたのかと尋ねる。「折入って頼みたい事がある」と、カンベエさんは切り出した。
 
「遠からず野伏せりが来るだろう。その時、女子達や子供らをここに匿って貰いたいのだ」
 
その言葉に、キララさんの手が僅かに止まる。それに気付いたのか、カンベエさんは「不安なれば、カツシロウを守りに付ける」と添えた。けれどキララさんはすぐに振り返り、努めて明るく答える。
 
「いいえ、ご心配には及びません。ね、婆様」
「うむ、大丈夫じゃ」
 
キララさんの言葉に、セツさんも頷く。キララさんはカツシロウさんの方へと居住いを正し、深く頭を下げる。
 
「カツシロウ様、ご存分に戦をなさいませ」
 
キララさんの言葉に、カツシロウさんは小さく一礼をした。カンベエさんは、そこで私の方を見る。
 
「お主はここに残れ」
 
何となく察していたものの、はっきりと告げられたその言葉に、私は身が硬くなる。それは私を案じての事なのかも知れないが、心の片隅で、やはりカンベエさんは私をサムライとして認めてくれる気は無いのだと、そう思わずには居られなかった。だがその言葉で、一瞬でも安堵してしまった自分が居るのもまた事実。結局、私は間を置いた後、小さな声でそれに同意した。カンベエさんは腰を上げると、キララさんに話したい事があると言い、外へ出る。キララさんは戸惑いながらも、それに続いて行った。行き場を無くし戸惑うカツシロウさんと私に、コマチちゃんがぽつりと呟く。
 
「…二人で何を話すですかね」
 
私とカツシロウさんは思わず顔を見合わせた後、悪いと思いながらも三人でこっそり後を付けてみる事にした。
家から少しばかり離れた森の道に、二人の姿はあった。カンベエさんの低い声はこちらまで響く事無く、二人が何を話しているかまでは解らない。然しその後、キララさんのはっきりとした声が聞こえて来る。
 
「カツシロウ様とナマエさんに、修羅の道を歩ませたのは私です。あの方達が血で濁って行くなら、私がその血を清めます。私には、皆様を連れてきた責任があります」
 
キララさんの言葉に、私は胸が締め付けられる。キララさんもまた、あの時の事を思い悩んでいたのだろう。カツシロウさんだけでなく、私の事までも気にかけてくれているその心に、今すぐにでも答えたかった。貴女のせいではないのだと。やがてカンベエさんは去って行き、その背に向かいキララさんが深く頭を下げる。
 
「うーん、気になるですねぇ」
「これは拗れんなぁ」
 
コマチちゃんの呟きに、どこからか聞き覚えのある声が相槌をうつ。驚いて声のした方へ顔を向けると、いつの間にやって来たのかオカラちゃんの姿があった。何が拗れるのかと尋ねるコマチちゃんに、オカラちゃんは「乙女の秘密」と答える。私はコマチちゃん同様その意味が理解出来ずに首を傾げたが、カツシロウさんがじっとキララさんを見詰めているに気付き、私もまたキララさんの方を見て、カンベエさんが去って行った方向を見る。その様子に何となく感じるものを覚えながらも、何はともあれ、キララさんが戻って来る前に家へ向かおうとした、その時だった。
 
 
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