八月十日、真夏の初めくらいの日俺の誕生日。俺はその日珍しく貴重な休みを貰っていて何もすることがなくゴロゴロと部屋で暇を持て余していた。売れていない二年か三年前はこんな風にいつも部屋でグータラしていることが多かったがこのところそんな暇はスケジュールをどんなに頑張って調整しても出来たりはしない。ソファーにうつぶせになり持っていた缶コーヒーをソファーの近くの床に置く。正直コーヒーが零れなかったのは奇跡に近い。

俺はそのままの状態で目を瞑りコーヒーを置いてあいた手でテーブルに置いてあるテレビのリモコンを取りそのまま電源ボタンを押す。

『この曲は高杉さんご自身が作詩されていらっしゃるんですよね』

『はい、そうです。いつもはつんぽが作詞作曲なんですが今回は僕が作詞で彼が作曲をしています』

『高杉さんはこの頃ラブソングを歌われる事が多いですが、恋人もしくはお好きな方がいらっしゃいますか?』

『いえ、そんな』

『そうですか。でも高杉さんおモテになるでしょう?』

『これが全然…』

『ええー!嘘でしょう!?』

『本当ですよ』

『本当ですか。では好みの女性などは…』

『特にこれといって、』

電源が付いて耳に入ってきたのはドラマ初主演と主題歌のことでアナウンサーから取材を受けている俺の声だった。恋愛系のドラマという事で質問される内容も恋愛の事。俺は顔を上げるのもだるくそのままの状態で会話だけを聞いていたがだんだん聞いているうちに気分が悪くなってブチリとテレビの電源を切った。

「好みっつーか、どんな人なのかも分からねーよ」

頭に向日葵の花を思い浮かべながらそんな愚痴をこぼす。ああ、何で今日はライブやイベントじゃなくて休みになったんだろう。もしライブだったら向日葵さんが俺のライブに来てそして終わったら向日葵の花と手紙を送ってくれるのに。いつも誕生日はライブなどをやっていたからぎりぎり向日葵の花を貰う事が出来た。でも今日はそれが貰えるかどうか分からない。向日葵さんはあまりクリスマスやバレンタインのようなイベント時に贈り物をする人ではないらしく。俺のところにもそういうプレゼント的なものが送られてきた事はない。そこまで考えて俺はいったん考える事を辞める。いかんなんだか悲しくなってきた。

そんな事をだらだらとソファーの上で考えていたらピンポーンとなんとも気の抜けるチャイムの音が部屋に響き渡った。俺はだるい身体をゆっくりと起き上がらせる。チャイムを鳴らしたのは宅配便の人で俺は事務所から届いた郵便物を持って部屋の中に戻ってきた。俺はそこら辺の床に腰を下ろし持っていたものを置く。それは封筒と向日葵の花で俺の機嫌は良くなる。恋は盲目とはよく言ったものだ。まさしくその通りだ。

俺は向日葵の花と一緒に送られてきた封筒を開ける。中にはいつもどおりの手紙とカセットテープが入っていた。俺はまず中に入っている手紙を取り出し、その内容に目を通す。

『おめでとうございます』

その手紙にはその一文だけが書いてあった。何がおめでとうなのかは書いてはいなかったが多分ドラマ出演とかそういう色々も含めておめでとうなのだろう。いかにもしっそだが俺は貰えただけで満足している。俺は手紙を読み終え今度はカセットテープを封筒から取り出す。そして床から立ち上がり棚の中からテープレコーダーを引っ張り出してきてカセットを入れる。後は再生ボタンを押すだけ…というところで俺は手を止めてしまった。

(声とか入ってたらどうしよう…)

唐突にそんな考えが頭をよぎって自動的に顔の熱が上がる。いやないない、そんなの有り得ない。お祝いの言葉をわざわざカセットテープに録音して送るとかそんな事誰もしないだろう。落ち着け俺、ないから、声入ってないから。そんな事をグルグルと頭の中で考えながらも俺は腹を括りレコーダーの再生ボタンを押す。

再生して二、三秒がたっとかごっという音が聞こえてきた。ああ、良かったちゃんと再生されてる。俺はそんないらん安心をしてまたレコーダーに耳を傾ける。ギギィという音が今度はした。多分椅子か何かに座ったのだろう。俺は黙ってそれを聞いていた。そしてポローンと聞こえてきたのはピアノの音。

誰か(…まあ向日葵さんだろうが)がピアノを弾き始めたのだ。それはとても綺麗なピアノの音だった、ピアノから奏でられる音は皆それぞれの音を引き立て、同一化し一つの音となる。まるでプロが弾いているように思えるそのピアノの音は今俺の部屋中に響いていて俺を座り込んだ地べたから立たせようとしない。ピアノの音を聞きながら傍らに置いた向日葵の花に触れる。愛しいと思う。本来は早いはずのメロディーを遅く弾き柔らかい音で奏でた俺の曲を聞きながらそう思った。

「会いたいです。」

俺はピアノの音を聞きながら向日葵に向かってそう言った。


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