夜のことだった。深夜ではない。少しだけ空に太陽が掛かる、夕方と夜の間。一番星が輝き始め、オレンジ色が藍色に変わるその時刻に自分は人通りの少ない路地裏に足を踏み入れた。
 いつも通る家への近道だった。だから何故か今日だけ通ったというわけでも、引き寄せられるように足を踏み入れた訳でもなかった。学校からの帰路をいつものように通った、ただそれだけのことだった。
 その道は通る時間帯によっては背筋を寒くさせるような場所だった。変質者や殺人鬼、人ならざる者などが潜んでいそうな、そんなじめじめとした嫌な通り。女であったならば通りたがらない場所だろう。まぁ、そういう自分も一応は女な訳なのだが。
 コツコツとローファーを鳴らしながら歩く。幅の狭い路地には良く響いた。地面に溜まった雨水が日の光が差さないせいでまだ乾いていない。ジメジメして汚い。
 歩いていると水たまりに足を付いたのかピチャリという音がした。音の大きさからして靴下にもはねているようだった。私はそのことに苛立って舌打ちをする。機嫌を悪くしながら歩く。
 しかめっ面をしながら歩いていると、暗いはずの路地裏の先が何故か明るいことに気がついた。懐中電灯の光とも違う。まるで太陽のような、そんな温かさを含んだ光だった。
 足下は歩くたびに何故かピチャリピチャリと控えめな水の音をたてる。そして進むごとに普段は臭わない奇妙な臭いが漂ってきた。
 進むに連れ光は強くなる。私はその光を不振に思いながら、その正体を突き詰めようとその光の先を見据えた。
 淡い光、蛍のそれよりも弱い儚い光だった。白い光に照らされて路地裏の片隅には雑草のような花が控えめに咲いていた。光合成ができないため、咲くはずのない花である。
 目の前に何かが横たわっていた。見たところ男のようだが、それでもそう断定して良いものか私は一瞬迷ってしまった。何故なら目の前の男は見たところによると人間ではないようだったからである。
 整った右顔の隣には白い毛の生えた獣の顔があったからだ。閉じられている目は左右で大きさが違う。鼻は人間の形をしていたが、口は左側だけ割けている。まるで犬のような口である。身体の方に目を向けると白衣のような服の裾から白い毛で覆われた指がのぞいている。
 私はあまりの衝撃に口が開きっぱなしだった。まるで足が地面に根付いてしまったかのように動かなかった。手で口を覆いながら声を出さぬようにする。口から吐き出される息はとても冷たかった。
 どのくらいの時間固まっていたのかわからない。私はその異形の光景をただただ見つめていた。するとデコにあった赤い線のような模様がフルリと震えて花のように開いた。それは目のような形になり私の方をじっと見ていた。
 私はそれにハッとして辺りを見回す。すると地面には血の水たまりができていた。私は急いで後ろを振り返り、それから自分のローファーを確認する。自分が歩いてきた道に赤い足跡が付いている。そして自分の靴には赤い液体が付着していた。
 私は一瞬息をのんで、身体を強ばらせたが、意を決して獣男の元へ足を動かした。
 脈を取りながら呼びかける。すると声は発しなかったがヒューヒューと呼吸の音が聞こえた。男の着ている服をスクールバックに入れていたハサミで強引に切っていく。すると身体も人間の肌と白い毛に覆われた肌と半分に分かれていた。人間の肌の上にはデコと同じような模様が描かれ、毛の肌にはギョロッとした目玉が付いている。私はその光景に怖じけ付く暇も無いと首を振り傷の手当てを始める。
 男の傷は血の量に比べて浅かった。腹に開いた刺し傷のような傷。そこに男の衣類を使って応急処置を行う。
 出血を止め、私は男に肩を貸すようにして歩き出した。幸運な事に私の家はこの路地裏を出てすぐのところにあった。古ぼけたアパートである。二階建ての建物の一階にある角の部屋が私の部屋だった。
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