高杉晋助という奴は重度の死にたがりだった。

奴がその事を俺に告白したのは、まだ先生が生きていて、自分達に剣術や勉学を教えてくれていた頃だったと記憶している。雨が降る回数が減り始め、代わりに蝉が鳴き始めた初夏。木陰で涼みながら二人でたわいもない話をしていたそんな矢先、奴が唐突に話始めた。

「ヅラ、俺さ、死にたいんだ」

「……」

世迷い言を、と笑い叱ろうとして、失敗してしまった。チラリと目にした奴の目が決意の色に染まっていたからだ。その眼差しを馬鹿にしていいのか、それとも尊重しなければならないのか…当時の俺はその選択をつきつけられ迷ってしまったのだ。

「何故…」

逃げるように理由を問おうとすると、それから先が口の中から出てこなかった。俺はただどうしたものかと迷い子のように奴を見つめた。一方、奴の方は俺が言わんとしていることを悟ったようで、口を開いた。

「偉人たちはさ、死んでから有名になるだろ?だからだよ」

そう、カラカラと楽しそうに高杉は笑いながら言ったが、俺にはさっぱり奴の言いたい事というものが分からなかった。奴は俺が言葉の意味を理解していないという事に気が付くと、頬をふくらませ俺を非難するように睨んだ。

「俺は、神様じゃないんだ。何でもかんでも分かると思うな」

「……」

「分かるように話せ」


***


奴が言うには人間は死んで完成するらしい。つまり、死んでから有名になったり、たたえられたりと、人間は死んでからまわりに認められるだとかなんとか…。ほとほと意味が分からない理屈だった。俺からしてみれば、生きていなければ何も出来ないのだから死んだら損だ。しかし、奴はそうは思えないらしく、生きることは死ぬための準備期間であると主張している。

「ほら、生きている時に凄いことやったって誰も見向きもしないだろ?でもよ、死んだらそれが色んな奴等の目に止まるんだ!!」

「確かに、小説家なんかが死んでから書いた作品を認められる事はあるが…しかし…、」

「人間はさ、死んでからどうなるかが、始まりなんだよ」

つまるところ、高杉は他の、例えるならば戦国武将のように死んで語り継がれたいみだった。生前彼はこうだった〜、と言われたいらしい。しかし、語り継がれたいのならば、生きているうちに語り継がれるほどの何かをしでかさなければならないだろう。そう聞くと奴はだから準備期間なのだと得意そうに言った。

それで満足するのは等の本人だけではないか。とは、口が避けても言えるはずもなく、俺はただ奴の夢物語に静かに付き合ってやった。

「でもよ、それで一番問題なのは死に方だよな〜」

「?、何故だ?」

お前の場合まず、死んでから人様に認められる事が出来るかが問題だろう?そう聞くと奴は俺を小馬鹿にしたように笑い、別に認めて貰いたい訳ではないと言った。ただ、そう、ただ死んで誰かの脳裏に残ればいいのだと。俺はまた、奴の言っている意味が分からなかった。

「生きてる時は凄いですね。で終わったことが、死んだら、あの人は凄かった、あの人以上の逸材はいない!!とかそんな風に言われるだろ?」

つまり、死んだら皆色々盛るといいたいのだろうか?

「でも、世の中終わりが肝心だろ?事故死や病死なんてありきたりじゃそういうのが引き立たないだろ?でも、そうだな…例えばさ、俺の認めた強い奴に殺される…そんなシチュエーションは中々ロマンチックじゃねぇ?」

高杉は多分、死んでから人々に、悪人としてであろうが、善人としてであろうが、一般常識として、皆が名前くらいは知っている…という存在になりたいらしく、そうなるためには死に方が一番重要だと考えているらしい。やっぱりその価値観が分からないので、高杉はただ強いと己が認めた奴に、殺されたいだけの変態だと思う事にした。世の中には、強い奴と戦う事を喜びとする奴がいるのだから、コイツみたいな奴がいても不思議はないだろうと自己解釈した。

「…強い奴とは、銀時のことか?」

当時、俺たちの通っている、先生の寺子屋の中で一番腕がたったのは銀時だった。だから俺の口からはそんな言葉がついぽろりと口から出てきてしまった。

「はぁ?何でアイツが…俺はそれ以上にもっともっと強い奴を見つけて、そして殺されるんだ」

そう言う奴の顔は笑っていて、その時、俺は高杉晋助を気味悪く思った。多分、高杉にとって死という現象は一つの芸術なのではないのかとすら思えてくる。そんな高杉が笑いながらふと遠くの方を見つめて言った。

「つか、アイツは殺してなんかくれないよ」

そういう奴の眼差しは、何かを悟っているようなそんな光を放っていた。





************


それは、攘夷戦争の時だった。

高杉率いる鬼兵隊が、敵軍に囲まれた時に、高杉を助けまいと、そこに乗り込んだ馬鹿がいた。言わずもがな白夜叉と呼ばれた坂田銀時である。俺もソイツについていき、奴を救おうと、剣を振るった。

助けられている高杉はというと、銀時のその獅子のような姿に見とれていた。高杉はこの時初めて、戦場で戦う銀時の姿を目にしたのである。

死にたがっていた自分を助けたその戦士の、その強さ、荒々しいそれは、下品なようでいて、それでいて美しかった。

高杉が、我に帰った時そこには白夜叉と呼ばれた鬼と死体しか居なかった。その時、高杉は、多分こう思ったに違いない。ああ、コイツに殺されたいと、コイツならばと。しかし、そう思った瞬間、奴に絶望が襲い掛かった。

『殺してなんかくれないよ』

幼い時に言ったあの言葉を、高杉は忘れてなど居なかった。そう、殺してなどくれないのである。坂田銀時という男は、自分を、殺してなんかくれないのである。その事を理解していた高杉の目からは、ハラリハラリと涙が流れて、しだいに奴は声をあげて泣き始めた。

ああ、と切なげに声をあげる奴に同情はしても哀れみなど感じはしなかった。

奴と俺の付き合いは、二人とも寺子屋に入る時期がかさなったので銀時よりも長かった。

それを腐れ縁と呼ぶべきなのか、はたまた別の名前で呼ぶべきなのか、時々そんなことを考えてしまうのだが、考えても分からないのでいつも途中で考える事を止めるてしまう。

一つ言えることと言えば、兎にも角にも奴と俺は長く共にいて、それは呼吸をするようなものであり無意識にも近いものであった。

当たり前だが奴が先生を除いて一番信頼しているのは自分だったし、自分もまた同じような事を思っていた。だから奴が俺に話してくれたことは、俺だから聞けた事だろうし、俺でなければ奴も話すことはなかっただろう。

奴が俺にあの事を話してくれた日から何月もの時間が流れてから、俺はあの事を銀時に打ち明けた。アイツは重度の死にたがりだと。俺はその頃から、奴が本腰をいれて自分を殺すに相応しい相手を探し始めたのを悟り、哀れだと思ってそれを銀時に打ち明けた。

「アイツはプライドが高い、だから一度決めた事は曲げない奴だ。」

「……」

練習を終えて一人夜道を歩いていた銀時を、話があると人気のない場所に連れ込んだ。辺りは葉っぱのついていない木々に囲まれ寒々しい雰囲気だった。最初は文句を言っていた銀時も、俺の話を聞いているうちに静かになった。

俺は銀時の来ていた着物をつかんでいた。両手で、ギュッと。その姿がまるで祈るようだと、心のどこかで呟いた。いや、本当に祈っていたのかもしれない。藁にもすがるとはこの事だった。

「だから、お願いだ、銀時。アイツを苦しめてしまっても構わない、だから、アイツに認められるくらい、アイツが殺されたいと願うほど強くなってくれ」

そうすれば、奴の命は銀時のものだった。生かすも殺すも銀時しだいだった。

一度決めた事をなかった事にできるほど、奴のあの執念は適当なものではないだろう。ならば、殺されたいと思える人間が見付かればソイツに殺されようとするはずだ。ソイツ以外に殺されようとなんかするはずがない。

つまり、奴が選んだ『強い奴』が奴を殺さなければ奴は死ぬことができなくなる。結果それは、奴を苦しめることになるだろう。

しかし、俺はそれでも構わなかった。

銀時は、自分の衣服を握り締める俺の両の手を同じように両手でつかんだ。

「分かった。頑張る、頑張るよ」

銀時は、そう俺を安心させるように呟いた。

俺は戦場で泣き崩れる高杉を見る。銀時はもうその場には居なかった。敵もその場には居なかった。俺はどうやら、この泣きじゃくる高杉を押し付けられたらしかった。

やはり、哀れだと思わなかった。俺は心の中で呟く。なぁ、高杉。殺されたい相手から、殺されないことよりも、惚れた相手が死んでしまう方が哀れではないか。

惚れた相手が他の者に命をとられてしまう方が哀れではないか。


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死というものを美化して死にたがっている高杉と、高杉が好きな銀時と、銀時の恋を実らせたい桂のはなし。


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