ザンザ、ザンザ。
音がする。
ザンザ、ザンザ。
ああ、これは知っている。波が寄せる音。
ザンザ、ザンザ。
意識をすると一気に色々なものが眠っていた身体に染み渡る気配がした。
潮の匂い。寄せては返す波の鼓動。覚醒へとオレを導く。うっすらと目を開けば砂浜と海と、あと青空。ゆっくりと上半身を起こす。どこだろう、ここは。スピラでも、ザナルカンドでもない。あの神々の世界でもない。潮の匂いがそう告げていた。辺りを見渡してもオレの知っていそうなものは何も無かった。

「どこっスか、ここ……」

いくら異世界をふたつも渡り歩いてきたオレでも、もう三度目はいいかなって。とりあえずここがどこで、ここがどこか分かったところで帰れる保証なんて何も無いけど、それを知ってどうするか考えないとな。水平線の向こう、白い建物が見える。港町だろうか。とりあえずそこを目指してみよう、そう思って立ち上がる。

「?」

なんか、これって。
あっ、と思って咄嗟に飛び退いた。なに? と思うまもなく身を屈める。モンスター。油断していた。くそっ、いまオレ、丸腰なんだって。フラタニティは手元になかった。あの神々の世界では念じればぱっと手に現れたのに。この世界ではそうもいかないらしい。

「ああ、もうっ」

そんなに強そうに見えないモンスターでも流石に丸腰では太刀打ちできない。ならばと思い、右手を額に当て、詠唱を……。あ、あれ、嘘だろ。ファイアのひとつも唱えられないなんて! 確かにあの世界でもオレの魔力はほとんどなかった(スピラではアルテマも唱えられたというのに!)。どうやらこの世界でもそれはそうらしく、オレはとうとう対抗する手段を失った。

「くそっ」

モンスター相手にこんな目くらましが効くとは思わないがさっと足元の砂を掴んで投げる。とりあえず逃げなければ。あの街まで行けば……。ただ海岸線を駆け抜けたところで敵からは丸見えで。空を飛ぶ敵はオレの脚より速いだろう。すぐに追いつかれて後からその鋭い針で刺されたら流石にたまったものではない。土地勘もないが内地に入って広がる森を抜けた方が良さそうだと、オレは鬱蒼と繁る森へと逃げ込んだ。
耳障りな羽音が通り過ぎるのをほっとした心地で聞く。目覚めてすぐに全力疾走して、気がついたら森の中。もちろん土地勘もなければ逃げるのに必死で来た道など覚えていない。木にもたれかかりながらオレは嘘だろ……とつぶやく他なかった。どっちが北かも検討すらつかない。ポーチの中を探ったところで出てきたのはポーション(これはとても助かった、攻撃手段も回復魔法のひとつすら唱えられないオレの命綱みたいなものだ)ぐらいしかなかった。困ったが、ここでぐずっていても仕方がない。人が来るような場所には決して思えない。こんな時、あの異世界で共に旅した旅人は木の枝を拾ってそれが倒れた方向に進んでいった。適当だったけど、彼は立ち止まるよりマシだろと笑って。

「バッツ、元気かなあ」

ここ、バッツの世界だったりしてな。そうだったら面白いのになあ、なんてなさそうなこと考えて。バッツに倣ってオレも枝を地面に立てる。こてん、と倒れた方向に街があるといいと思ってその先を見やると……。

「ええ……?」

そこにいたのは街でもはたまた森の木々でもなく、大きな、恐竜のようなモンスターだった。

「ま、まじっスか」

こいつはやばい、さっきのモンスターの比じゃないとオレの防衛本能が訴える。逃げろ、と脳は命令するにも関わらず、オレの足は一向に動かない。グオオオオと、そいつが一声吠えて、グワリと口が開かれて、あっ、やばい、嘘だろ、こんなところで、ちょっとまてよ、とか思って。

爆ぜろと、
目の前にそいつは現れた。

もうもうとした砂煙の中に立ち上る黒い影。オレはこいつを、知っている。神々の世界で出会った仲間。オレが迷い込んだのはこいつの世界だったのか。
倒されたモンスターが消えて、砂煙が落ち着いてきて。だんだんとはっきりとしていくそいつの姿かたち、そして顔。すらりと長い足に細い腰。白い肌に眉間に一際大きく目立つ一筋の傷。青く鋭い瞳がオレを捕らえ、そして大きく見開かれた。

「よ、よう、スコール。奇遇っすね、こんなところで」

オレは助けられたとか、またあの世界での仲間に会えたとか、いろいろな感情が溢れてそんな間抜けな声掛けしかできなかった。


2018.3.6

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