いま、ひとときの猶予を
なんだかなあと思ってぼんやりとしていたら横にスコールが座ってきた。今は久方ぶりにみんなが拠点に集まって夕食をとった。あっちでジタンがクラウドとオニオンナイトにカードゲームを教えていて、こっちでバッツが歌を歌って、フリオニールとセシルとティナがそれを楽しんでいて。ウォーリアの姿が見えないけれど、きっとそう遠くにはいない。これだけ火を炊いていたら敵もそうそうには近づいてこないだろうし。ジタンがダンスでもどう? ってティナに声をかけてる。ティナが首をふるふるとふるのは踊れないからなんだろうか、恥ずかしいからなんだろうか。そうこうしているうちにセシルが立ち上がってジタンの手を取った。ジタンはびっくりしたのと女の子と踊りたいんだって顔をしてるけど、まあこんなのもいいかって結局セシルと踊ってる。セシルもジタンも軽やかにステップを踏んで、まるで舞踏会のようだと思った。
そんな光景をぼーっと見ていたらマヌケだななんてスコールが声をかけてきて。なんだよって思ったけど、自覚はあったから黙ったままだった。
「どうだ?」
そう言って彼が差し出したのは赤い木の実でオレはありがたく受け取った。口に放り込むと甘酸っぱい味が広がる。
「……おいしい」
「そうか」
そう言って彼はその木の実を差し出してくる。また摘んで口に入れる。甘い、甘酸っぱい。
「……セシルもジタンも上手いな」
「そーっスね」
クラウドとオニオンナイトもその手を止めて彼らを見ている。空を仰ぎみると満天の星が輝いていた。
「アンタは踊れるのか?」
スコールが手にした木の実を弄びながら呟く。
「へ? あー、オレ、ダンスなんてしたことないッスよ。なに? スコールは踊れるんスか?」
ニヤニヤしながら聞けばあっさりとああと言われて面食らってしまった。こいつダンスも踊れるのかよって。どう返していいのか分からなくて結局へえ、となんともマヌケな声が出た。
「なんでスコールはダンス踊れるんスか?」
「……元の世界で……」
こいつさ、オレと同い年の17で、傭兵してて戦闘のプロで、その上ダンスまで踊れて? オレだってそりゃその辺の同い年よりかはこう、逸脱してるっつーか。そりゃプロだし、ブリッツの。これ結構自慢になんね? そんな風に思ってたから、たしかにベクトルは違うけれどなんというか、凹むというか。特にこの世界でオレは足を引っ張ってばかりで。野営も戦闘も不慣れでさ、みんなに手伝ってもらってばかりだ。それをこいつはさらっとひとりでこなしてしまうものだから。もともとあったプライドとか崩れてしまったのに、それに追い打ちをかけるようにしてそんな万能ぶりを見せられたら。そりゃ、ねえ?
「ふーん、元の世界、なあ……」
頬杖を付きながらセシルとジタンのステップをみる。スコールもあんな風に踊るのかとか。キッチリとした黒の礼服を着込んで、ゴールドのドレスをきた黒髪の少女と踊って。あ、ちょっと格好いいかも。どうせスコールのことだからパーティ会場にいたら女の子から声かけられるまで壁の花を決め込んでるんだろうけど。拍手の音で現実に引き戻される。どうやらバッツの歌もセシルとジタンのダンスも終わったようだ。ジタンがティナにまた声をかけている。ティナは困った顔をしているけど、フリオニールとセシルに言われて立ち上がった。どうやらジタンが彼女にダンスを教えるようだ。バッツが再び音色を奏でる。カードゲームをしていたオニオンナイトとクラウドもその輪に入って。ぎゃっという悲鳴が聞こえたかと思うと、ティナのヒールがジタンのしっぽを思いっきり踏んずけていた。慌てて謝るティナにきっと引きつった笑顔で大丈夫だからって言ってんだろうなあ、ジタンのやつ。もしかしてみんなダンス踊れんのかなーとか思ってたら、フリオニールとクラウドがティナへのお手本と言って踊り始めたもんだからびっくり。踊れないのってオレだけかよ。ウォーリアもダンスなんてできるイメージないけど……。みんなより出来ることが少なくて凹む。このことを言えばティーダには俺たちにはない明るさがあるとか気にするなとか優しい声をかけてもらえるのだけれど。やっぱりみんなができること、オレだけできないのは落ち込む。
「ダンスか……」
スコールから貰った木の実を口に放り込んで咀嚼。甘酸っぱい。
「オレも踊れたらなあ……」
オレも踊れたら。あの栗色の髪の子を誘って、ひとつ思い出を増やすことも出来たんだろうか。きっと彼女は優しく微笑んでオレの拙いステップに合わせてくれるんだろう。優雅な舞踏会とはいかなくても、きっと、それは暖かい。
「……ダンス」
「ん?」
「ダンス、踊りたいのか?」
「……あ、ああ。なんか、みんな踊れるからオレだけ踊れないのかなーって。ちょっと、寂しくなっただけッス」
バッツの歌声。ステップの音。ふわりと舞うマント。すっと差し出された手にオレは驚きを隠せなかった。
「へ?」
「教えてやる」
「は? スコールが? オレに?」
鳩が豆鉄砲を食らったようななんともマヌケな顔をしている自信はある。だって、あの、スコールが! オレに? ダンスを教える? どういう事なんだって。白黒させながらスコールの顔と差し出された手を交互にみた。
「なんで?」
「ダンス、踊りたいんだろう?」
ムッとした態度でスコールが言う。踊れたら、とは言ったけど。スコールはオレの手を取ってぐっと引っ張る。そのままスコールに倒れ込みそうになった。スコールとの距離がいつもより近くてびっくりして。オレはそのままスコールにリードされてステップを踏む。
「あ、うん」
なんともマヌケな返事。スコールの顔が思ったより近くて、なんだか変にドキドキしてしまう。他の仲間にこんなところ見られたらって思ったけど、彼らは彼らで夢中のようだ。スッと顔に斜めに入る傷とか、青灰の双眸とか。ふわりと揺れる少し長い彼の前髪とか。気恥ずかしくて目をそらす。
「あ、ごめん!」
スコールの足をオレの足が踏んづけた。コケそうになったオレを、スコールの手が強く引く。驚いたままに彼を見つめると、彼は大丈夫だからと答えた。
何か言おうとして、何も出てこなかった。バッツの歌とみんなの笑い声と、そのすべてが遠い喧騒のように思えた。
「……スコール、ありがとう」
いますぐに踊れるようになるほど、オレは物覚えがよくないと思うし、スコールも教えるのは上手くはない(と思う)。
「なあ、またダンス、教えてくれよ」
これから先、ダンスを教えてもらえる機会なんてあるか分からないけど。スコールはその切れ長の目を少し大きくして、それからああ、と短く答えた。
「こう? あってる?」
「そうじゃない」
他愛のない時間を分け合うこと。
「じゃあ、こう?」
「ああ」
いまだけは、許して欲しいんだ。
2017.4.28
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